衛生管理者 労働生理 問76:体温調節
体温の調節と変動に関する次の記述のうち、**誤っているもの**はどれか。
- ア体温は概日リズム(サーカディアンリズム)をもち、一般に早朝(睡眠中・起床前)が最も低く、午後2〜4時頃が最も高い。健康な成人の日内変動幅は約0.5〜1.0℃ほどである。
- イ低体温症(低体温)とは中枢体温(直腸温等)が35℃未満に低下した状態をいい、軽度では振るえ・意識清明、中等度以上では震え消失(エネルギー枯渇)・意識障害・心拍異常(心室細動リスク)がみられる。
- ウ体温調節中枢(視床下部の前視床下部・視索前野)のセットポイントが上昇することが発熱(fever)の本態であり、感染時にはサイトカイン(IL-1β・TNF-α・IL-6)の刺激でプロスタグランジンE₂(PGE₂)が産生されてセットポイントを上昇させる。
- エ振るえ(shivering: ふるえ)は骨格筋の不随意な収縮によって熱を産生する機構であり、代謝速度を数倍に高めることができる。振るえは体温が低下したときにのみ起き、高体温や発熱時には絶対に生じない。正答
- オ褐色脂肪組織(BAT)は新生児に比較的多く存在し、UCP-1(脱共役タンパク質1)によってミトコンドリアの電子伝達系のエネルギーをATP産生ではなく熱産生に使う「非ふるえ熱産生」の主要部位である。成人ではBATは極めて少ないが消失はしておらず、寒冷暴露で活性化する。
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誤りはエです。「振るえは体温が低下したときにのみ起き、高体温や発熱時には絶対に生じない」という部分が誤りです。発熱時にも振るえ(悪寒)が生じます。発熱の際、セットポイント(体温の目標値)が感染・炎症で上昇します。現在の体温がセットポイントより低い段階(「発熱初期」)では、体がセットポイントに向かって体温を上げようとするため、振るえ・皮膚血管収縮(悪寒・寒気)が起きます。つまり発熱時の「悪寒・ふるえ」は振るえです。
その他の選択肢は正しい内容です。体温の概日リズムと日内変動幅(ア)。低体温症の定義と重症度(イ)。発熱のメカニズム(セットポイント上昇・PGE₂・サイトカイン)(ウ)。褐色脂肪組織と非ふるえ熱産生(オ)はすべて正確です。
各選択肢の正誤と根拠:
- ア(正): 体温の概日リズムは視床下部の視交叉上核(SCN: suprachiasmatic nucleus)が制御する「生物時計」によります。早朝(睡眠末期・起床前)に最低(約36.0〜36.5℃)、夕方〜夜(16〜18時頃のピーク説や午後2〜4時ピーク説があり)に最高(約36.5〜37.1℃)。変動幅は約0.5〜1.0℃。月経周期でも変動(黄体期に+0.3〜0.5℃: プロゲステロンの作用)。夜間シフト勤務では概日リズムが乱れ、この体温変動パターンが変化します。
- イ(正): 低体温症(hypothermia)の重症度分類: 軽症(32〜35℃):振るえ・意識清明・頻脈・血圧上昇。中等症(28〜32℃):振るえ消失(筋グリコーゲン枯渇)・意識障害・徐脈・低血圧・心房細動。重症(<28℃):心室細動・無呼吸・昏睡・死亡。職業リスク: 屋外作業(建設・農業・漁業・登山・水中作業)の冬期・寒冷暴露。28℃未満での心室細動は心肺蘇生の際の特殊な考慮が必要(「温めながら蘇生」: 低体温症では薬剤効果も変化)。
- ウ(正): 発熱のメカニズム: 感染・炎症→マクロファージ・単球が内因性発熱物質(IL-1β・TNF-α・IL-6等の「発熱性サイトカイン」)を産生→血流で視床下部のペリベンチキュラー器官(血液脳関門が薄い部位)に達する→COX-2誘導→PGE₂産生→EP3受容体を介してセットポイント上昇。解熱薬(アスピリン・アセトアミノフェン等のNSAIDs)はCOX阻害でPGE₂産生を抑制し、セットポイントを正常に戻します。
- エ(誤): 振るえ(shivering)は「現在の体温がセットポイントより低いとき」に起きる熱産生反応です。したがって「体温低下時(寒冷暴露)」だけでなく、「発熱時のセットポイント上昇直後(悪寒期)」にも起きます。発熱の典型的な経過: ①セットポイント上昇→②現在の体温<セットポイント→③悪寒・振るえ(体温をセットポイントまで上げようとする反応)→④体温がセットポイントに到達→⑤安定した発熱状態(振るえなし)→⑥解熱時にはセットポイントが下がる→現在の体温>セットポイント→発汗で冷却。「発熱時には絶対に生じない」は明確な誤りです。
- オ(正): 褐色脂肪組織(BAT)は新生児の体重の約2〜5%を占め(主に肩甲骨間・腎周囲・縦隔)、寒冷適応に重要です。成人でも鎖骨上窩・頸部等に存在することがPET-CT(FDG-PET)で確認されています。UCP-1(サーモゲニン)はミトコンドリア内膜でH⁺勾配を電位差なしに消費(脱共役: uncoupling)し、ATPではなく熱を産生します。
#### 1. 発熱の詳細メカニズムと熱産生反応の統合
発熱と正常体温調節の違い(セットポイント変化 vs. ストレス高体温):
発熱(fever):
- セットポイントが上昇(感染・炎症・腫瘍等のサイトカインによる)
- 新しいセットポイント(例: 39℃)に向かって体温が上昇
- 上昇途中: 振るえ(体温<SP)・皮膚血管収縮(悪寒)
- 到達後: 安定した発熱状態(SPと体温が一致)
- 解熱時: SP低下→発汗・皮膚血管拡張(「熱が引く」感覚)
熱射病・高温環境での高体温(hyperthermia):
- セットポイントは正常のまま
- 環境温・産熱>放熱によって体温が調節範囲を超えて上昇
- 熱産生反応(振るえ)は起きない(むしろ冷却に最大努力)
振るえのメカニズムと熱産生量:
- 全身骨格筋の不随意収縮(低周波電気的振動)
- 熱産生量: 安静代謝の2〜5倍(1,000〜2,500 kcal/日相当)
- 振るえ開始の閾値: 皮膚温度と中枢体温の統合的評価(皮膚が1℃低下→振るえ閾値が0.1〜0.2℃変化)
#### 2. 体温調節の放熱機序(蒸散・対流・放射・伝導)
身体からの熱放散の4経路:
| 機序 | 特徴 | 環境条件での効率 |
|------|-----|---------------|
| 蒸散(evaporation) | 発汗・不感蒸泄による気化熱(1g水/0.58kcal) | 高温多湿で効率低下(湿球温度重要) |
| 放射(radiation) | 赤外線放射(皮膚温>環境温のとき) | 高温環境(日射・輻射熱)では逆に受熱 |
| 対流(convection) | 皮膚周囲空気の温度差による熱移動 | 風速・気温に依存 |
| 伝導(conduction) | 接触物との直接熱交換(通常は小) | 水中作業では大(水の熱伝導率は空気の25倍) |
暑熱環境での主要放熱機序:
- 安静時: 放射・対流が主体(温度差が大きい場合)
- 高温環境(皮膚温>環境温が逆転): 発汗のみが有効な放熱機序
- 多湿環境: 蒸散効率が低下→熱中症リスク増大→湿球黒球温度(WBGT)での評価が重要
#### 3. 低体温症の職業的リスクと応急処置(衛生管理者の実務知識)
職場での低体温症リスク:
- 冬期屋外作業(建設・土木・農業・林業・水産業)
- 水中作業・水上作業(水の熱伝導率が高いため急速冷却)
- 冷凍倉庫・冷蔵車内での長時間作業
- 濡れた衣服での長時間作業(蒸散による過冷却)
応急処置(救護の基本手順):
1. 安全な場所への移送(濡れた環境からの除去)
2. 濡れた衣服の除去・断熱毛布・アルミブランケットで保温
3. 温かい飲み物(意識のある場合のみ)
4. 重症例: 積極的加温(温かい輸液・加温したO₂)・体外加温
5. 28℃未満では心室細動リスク: 搬送時の振動・体位変換に注意
低体温症での心肺蘇生の特殊性:
- 通常の薬剤(アドレナリン等)の効果が低体温では低下
- 「体を温めながら蘇生」→体外循環(ECMO)での加温蘇生が最善
- 「warm and dead is truly dead」(温めてから死亡確認する)
#### 4. 衛生管理者試験での頻出論点と職場への応用
試験では「体温の概日リズム=早朝最低・午後最高(日内変動0.5〜1.0℃)」「低体温症=中枢体温35℃未満」「発熱のセットポイント説とPGE₂・サイトカインの役割」「振るえは低体温時だけでなく発熱の悪寒期(SP上昇直後)にも起きる」「褐色脂肪組織のUCP-1による非ふるえ熱産生」が頻出です。エの誤りは「発熱時には振るえが絶対に生じない」という発熱の生理的理解の誤りです。
職場での応用として、冬期の屋外作業での低体温症予防・暑熱環境での熱中症予防(WBGT管理)は衛生管理者の最重要実務事項の一つです。
【根拠】医学的事実(確立した体温生理学)。概日リズムによる体温変動・低体温症の定義・発熱のセットポイント説・振るえが発熱悪寒期にも起きること・UCP-1による非ふるえ熱産生は確立した知識。
【補足】エが誤り:振るえ(shivering)は「現在の体温 < セットポイント」のときに起きる。発熱時のセットポイント上昇直後の「悪寒・ふるえ」は正確に振るえである。「発熱時には絶対に生じない」は誤り。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 医学的事実(確立した体温生理学)。振るえ(shivering)は低体温時だけでなく、発熱時にもセットポイント上昇に伴って体温がセットポイントに追いつくために起きる(発熱の「悪寒」期に振るえが生じる)。「発熱時には絶対に生じない」は誤り。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。