行政法86損失補償・国家賠償との谷間・収用的侵害

行政書士 行政法 問86:損失補償・国家賠償との谷間・収用的侵害

損失補償と国家賠償の関係および「収用的侵害」の問題に関する次の記述のうち、**正しいもの**はどれか。

  • 損失補償(憲法29条3項)と国家賠償(国賠法1条・2条)は、適用場面が完全に截然と区分されているため、「両者の谷間」(適法な公権力行使かつ過失がなく財産権以外の侵害が生じた場合)のような救済の空白は生じない。
  • 予防接種を法律に基づいて適法に実施した行政行為により、予防接種の受接種者に重篤な副作用が生じた場合、当該被害は適法行為による「特別の犠牲」として憲法29条3項の損失補償の典型的適用対象となるため、法律上の補償規定がなくても当然に補償される。
  • 公益事業のための適法な工事(地下鉄工事等)を行っている最中に、工事の影響で周辺の私有建物に損傷が生じた場合、この侵害は「収用的侵害」の問題として損失補償的な発想に基づく救済が求められる場面といえる。正答
  • 損失補償請求権は財産権に限られるため、適法な公権力行使によって財産権以外の損失(身体的障害・精神的損害等)が生じた場合には、国賠法または民法による損害賠償の要件(違法・故意過失)を満たさない限り、一切の法的救済は受けられない。
  • 損失補償の対象は「財産権」の収用・制限に限られるため、漁業権・採掘権等の財産的価値ある権利であっても、それが民法上の物権として登記されていない場合には、損失補償の対象とはならない。
正答:公益事業のための適法な工事(地下鉄工事等)を行っている最中に、工事の影響で周辺の私有建物に損傷が生じた場合、この侵害は「収用的侵害」の問題として損失補償的な発想に基づく救済が求められる場面といえる。

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ウが正しい記述です。適法な工事によって周辺の建物・土地が損傷を受けるケース——いわゆる「収用的侵害(収用類似的侵害)」——は、損失補償的な発想で救済が図られるべき場面の典型です。工事自体は適法であり、業者に故意・過失もなく、国家賠償(違法・過失要件)は使えません。かといって損失補償(財産権制限の特別の犠牲)の典型例でもない。このような適法行為による財産的損失について、損失補償の法理を類推適用するべきとする考え方(収用的侵害理論)が学説・実務で展開されています(ウ正しい)。アは「谷間が生じない」としており誤りです。谷間問題は現実に存在します。イは「法律上の補償規定がなくても当然に補償される」と断定していますが、身体的侵害への損失補償の直接適用は理論上争いがあります。

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「損失補償と国家賠償の谷間問題」を整理します。谷間が発生する典型的状況: ①公権力行使が適法である(違法性なし)→国賠法1条・2条の「違法」要件を満たさない。②公権力行使者に故意・過失がない→国賠法1条の「故意または過失」要件を満たさない。③しかし特定の個人に財産的・身体的損失が生じている。この三条件が揃う場合、国賠法(違法・過失要件あり)も損失補償(財産権制限の典型例でない)も適用が困難な「谷間」が生まれます(アが誤りの根拠)。予防接種副作用(イの問題): 適法な予防接種による身体障害について、「財産権ではない身体権への侵害」であるため、憲法29条3項(財産権補償)の典型的適用対象とは言えません(イの「典型的適用対象」が誤り)。日本では立法的解決(予防接種法の健康被害救済給付制度)が採用されています。収用的侵害(ウ正しい): ドイツ法に由来する概念で、適法な公益事業による附随的・偶発的財産侵害に対して損失補償的救済を与える理論です。地下鉄工事・道路工事等による周辺への損害がその典型例です(ウ正しい根拠)。財産権以外の損失への補償(エの誤り): 「一切の法的救済は受けられない」という断定は過剰です。立法的救済(予防接種法・公害補償制度等)や救済基金制度が設けられている場合があります。オは「民法上の物権・登記が必要」としていますが、漁業権・鉱業権等も財産権として損失補償の対象となります。

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【理論的背景】

損失補償と国家賠償の谷間問題は、日本の公法学において重要な未解決問題の一つです。この谷間は「適法性+無過失」という行政に有利な条件が揃うときに被害者の救済が困難になるという構造的問題であり、完全に解消するためには立法的対応か理論的拡張が必要です。ドイツ法の「収用的侵害(Enteignungsgleicher Eingriff)」理論は、適法な公権力行使による偶発的・附随的財産侵害に対し、収用補償と類似の原則で補填を求める理論です。日本でも学説上この概念が導入されており、地下鉄・道路工事等の公益工事に伴う周辺財産への損害(騒音・振動・地盤沈下・建物損傷等)について、損失補償的救済の根拠として援用されています(ウの根拠)。

【実務・条文構造】

予防接種禍への対応を例に谷間問題の実際の解決策を確認します。①司法上の対応: 一部の判決は、予防接種実施者の副作用の説明義務違反・過失を認定して国賠法1条を適用するアプローチをとりました(過失要件を解釈上緩和)。②立法上の対応: 予防接種法が健康被害救済給付制度(医療費・障害年金等の給付)を設け、過失・違法の立証なしに給付を受けられる制度を整備しました。これが現在の実務的解決策です。損失補償の対象が「財産権」に限られるかについて、憲法29条3項の文言は「財産権」としていますが、学説上は身体権等への侵害についても29条3項の類推または別途の補償法理で対応すべきとする見解もあります(エの「一切の救済が受けられない」という断定が誤りとなる理由の一つ)。

【試験での位置づけ】

「損失補償と国家賠償の谷間」「収用的侵害の概念」は行政書士試験の発展問題レベルの論点です。「谷間が生じない(×)」「予防接種副作用は29条3項の典型的適用対象(×)」「収用的侵害は損失補償的救済の典型場面(○・ウ)」という組み合わせが出題パターンとして想定されます。

【各選択肢の発展補足】

  • ア(誤): 「完全に截然と区分」「谷間は生じない」という断定が誤り。適法行為・無過失・財産権以外の損失という条件が重なる場合に谷間が現実に存在します。
  • イ(誤): 「典型的適用対象」かつ「補償規定がなくても当然に補償される」の二点が誤り。予防接種副作用は財産権侵害でなく29条3項の典型外であり、立法的解決が採用された分野です。
  • ウ(正): 収用的侵害の典型場面(適法な公益工事による周辺財産への附随的侵害)を正確に記述しています。「損失補償的な発想に基づく救済が求められる」という慎重な表現も正確です。
  • エ(誤): 「一切の法的救済が受けられない」という断定が誤り。立法的救済(予防接種法・公害補償等)・救済基金・司法上の過失論の緩和など複数の救済ルートが存在します。
  • オ(誤): 漁業権・鉱業権・採掘権等の財産的権利は、民法上の物権・登記の有無にかかわらず憲法29条1項が保護する「財産権」に含まれ、収用・制限には補償が必要です。「登記されていなければ損失補償の対象外」という論理は誤りです。

【根拠条文】

日本国憲法 第29条第3項(損失補償)、国家賠償法 第1条・第2条(損害賠償)

【補足】

「損失補償と国賠の谷間(適法+無過失+損失)」が核心概念。収用的侵害(適法公益工事の附随的財産侵害)は谷間への対応理論の典型。予防接種禍は立法的解決(予防接種法給付制度)で対応済み。

出典・根拠について

本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(過去問の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 日本国憲法 第29条第3項、国家賠償法 第1条・第2条 現行法(2026年度基準)に準拠し、根拠条文・判例を明記しています。

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