衛生管理者 労働衛生(有害業務以外) 問55:食中毒・感染症
職場や施設における食中毒の集団発生時の対応に関する次の記述のうち、**正しいもの**はどれか。
- ア食中毒の集団発生が疑われる場合、原因食品を特定するために患者全員の摂食状況を調査するが、発症者にのみ摂食状況を聴取し、非発症者(対照群)の調査は原因食品の特定には不要である。
- イ食中毒の発生が疑われる場合、食品衛生法に基づき、飲食店・給食施設の営業者等は保健所に届出する義務はなく、医師が食中毒と診断した場合のみ医師から保健所への届出が行われる。
- ウ食中毒の集団発生において、複数の食事・食品を摂取した患者の場合、「調理後に常温放置されていた時間」「食材の産地・納品ルート」「喫食から発症までの潜伏期間」等の情報を組み合わせて原因食品の絞り込みを行うことが有効である。正答
- エ毒素型食中毒(黄色ブドウ球菌・ボツリヌス菌等)では、原因となる食品を加熱処理(75℃・1分以上)すれば、食品中の毒素が不活化されるため、一度加熱した食品を食中毒の証拠品として保存する必要はない。
- オ食中毒の集団発生において発症者が多数いる場合、全員の便・吐物等の検査を行う必要があり、一部の発症者のみを対象とした検体採取では原因菌の特定が困難となるため、必ず全数検査を実施しなければならない。
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正しいのはウです。食中毒の集団発生調査では、「常温放置時間(菌の増殖条件)」「食材の産地・納品ルート(汚染源の追跡)」「潜伏期間(菌の種類の絞り込み)」等の情報を組み合わせて原因食品を特定します。これは食中毒調査の実際の手順として正しい内容です。
アは誤りで、非発症者の調査も必須(対照群との比較で原因食品を統計的に特定)。イは誤りで、営業者も届出義務あり。エは誤りで、毒素型の耐熱性毒素(黄色ブドウ球菌等)は加熱しても残存するため、加熱した食品でも証拠品として保存が必要。オは誤りで、全数検査は不要(代表的なサンプル採取で対応可能)。
各選択肢の正誤と根拠:
- ア(誤): 食中毒調査における「コントロール(対照群)」として、発症していない者(非発症者)への摂食状況調査が不可欠です。疫学的に原因食品を特定するには、発症者と非発症者の食品摂取率を比較する「コホート研究的手法」または「症例対照研究」を用います。発症者の中で特定の食品を食べた割合(95%)と非発症者が食べた割合(20%)を比較することで、統計的に原因食品を絞り込みます。非発症者の調査なしには有意な差を示せません。
- イ(誤): 食品衛生法第63条(令和3年6月施行の改正前は第58条)では、食中毒が発生したと認められる場合、医師だけでなく飲食店・給食施設等の営業者も保健所長への届出義務があります。また医師は食中毒患者(またはその疑いのある者)を診断した際に直ちに最寄りの保健所長に届け出る義務があります。「営業者に届出義務はない」は誤りです。
- ウ(正): 食中毒調査では、複数の情報源を組み合わせた原因の絞り込みが基本です。「常温放置時間」は菌の増殖条件を推定(特に感染型食中毒では数時間以上の常温放置で危険)、「食材の産地・納品ルート」は汚染源の特定(生産・流通過程での汚染)、「潜伏期間」は原因菌の種類の推定(短い: 毒素型・長い: 感染型)に有用です。
- エ(誤): 黄色ブドウ球菌のエンテロトキシンは耐熱性が高く、100℃・30分の加熱でも分解されません。したがって、一度加熱した食品でも毒素が残存している可能性があり、食中毒の証拠品として保存する必要があります。「加熱で不活化されるから保存不要」は誤りです。ボツリヌス毒素は比較的熱に弱い(80〜100℃での加熱で不活化)ですが、毒素型食中毒の証拠品は常に重要です。
- オ(誤): 食中毒調査において、全発症者の検体採取(全数検査)は義務ではなく、代表的なサンプル(一定数の発症者の便・吐物等)を採取して原因菌を特定します。多数の発症者がいる場合は、代表的な症例からの検体採取・残存食品の検査・調理環境(調理器具・従業員の手指等)の検査を組み合わせて原因を特定します。全数検査は現実的でなく法令上の義務でもありません。
【理論的背景】
集団食中毒の疫学調査は「記述疫学(誰が・いつ・どこで・何を食べて発症したか)」から「分析疫学(どの食品が統計的に有意に発症と関連するか)」へと進む体系的なプロセスです。感染症疫学で用いられるERR(Etiologic Risk Ratio)・RR(Risk Ratio)・OR(Odds Ratio)等の統計指標が活用されます。
集団食中毒調査の標準的なフロー:
1. 初期情報収集・現場確認:
- 発症者数・発症時刻・症状(下痢・嘔吐・発熱等)の把握
- 共通の食事・飲食機会の特定
- 保健所への報告(食品衛生法)
2. 記述疫学(Descriptive Epidemiology):
- 人: 年齢・性別・職種・共食の有無
- 時間: 食事時刻・発症時刻・潜伏期間の分布(エピカーブ: 発症者数の時間的分布)
- 場所: 喫食場所・料理を作った場所・食材の産地
3. 分析疫学(Analytical Epidemiology):
- 発症者と非発症者への摂食状況調査
- 各食品の「アタックレート(摂食者のうち発症した割合)」を計算
- 食べた人と食べなかった人のアタックレートの比(リスク比)または差を統計的に比較
- 最もリスク比が高い食品が原因食品候補
4. 微生物・毒素検査:
- 発症者の便・吐物・血液等の採取(一部サンプル)
- 残存食品・調理環境(まな板・調理器具・調理従事者の手指等)の細菌検査
- 原因菌の分離・同定・血清型・薬剤感受性試験
5. 原因の同定と対策:
- 疫学的証拠(アタックレート)+微生物学的証拠(細菌検査)の一致で原因確定
- 感染源・感染経路の同定→原因食品の回収・廃棄・施設の消毒
- 再発防止策の実施
【実務・条文構造】
食品衛生法第63条(食中毒の報告・届出。令和3年6月施行の改正前は第58条):
- 医師の届出義務: 医師は食中毒患者または食中毒の疑いのある患者を診断した場合、24時間以内に最寄りの保健所長に届け出なければならない
- 営業者等を介した探知: 集団喫食施設等に起因すると疑われる食中毒患者等を保健所が探知した場合、保健所長は調査を行う
- 保健所の調査義務: 届出を受けた保健所長は、食中毒の調査を実施し、都道府県知事等に報告する
主要な食中毒菌と潜伏期間(原因菌絞り込みの参考情報):
| 菌名 | 潜伏期間 | 主症状 | 耐熱性 |
|---|---|---|---|
| 黄色ブドウ球菌 | 1〜6時間(短い) | 嘔吐が主体 | 毒素は耐熱性(加熱しても残存) |
| ボツリヌス菌 | 8〜36時間 | 神経症状(複視・嚥下困難)・下痢 | 毒素は比較的熱に弱い(80〜100℃・数分)・菌芽胞は耐熱性 |
| サルモネラ | 6〜48時間 | 下痢・発熱・嘔吐 | 菌は熱に弱い(75℃・1分で死滅) |
| 腸炎ビブリオ | 8〜24時間 | 腹痛・水様下痢 | 菌は熱に弱い・真水に弱い |
| カンピロバクター | 2〜7日(長い) | 下痢・発熱・腹痛 | 菌は熱に弱い |
| O157 | 3〜8日(長い) | 血性下痢・HUS | 菌は熱に弱い・毒素は比較的熱感受性 |
【試験での位置づけ】
食中毒調査の問題では「非発症者(対照群)の調査が原因食品特定に必須(ア誤り)」「食中毒の届出義務が医師のみならず営業者にも課される(イ誤り)」「黄色ブドウ球菌の毒素は耐熱性(エ誤り)」「全数検査は義務ではない(オ誤り)」「潜伏期間・放置時間・産地情報が絞り込みに有用(ウ正)」が出題パターンです。アのように「対照群(非発症者)の調査が不要」とする選択肢は、疫学調査の基本原則を否定する典型的な引っかけです。
【各選択肢の発展補足】
- ア: アタックレートを用いた食品別のリスク比計算の例: ある給食で10種類の食品が提供され、全員が5種類を食べ、5種類は一部の者が食べたとします。「Aサラダ」を食べた50人中45人が発症(アタックレート90%)、食べなかった50人中5人が発症(AR10%)であれば、リスク比は9(90%/10%)と非常に高く、Aサラダが原因である可能性が高い。この計算には「食べなかった人の発症率(分母)」が必須です。
- イ: 学校給食・社員食堂・病院給食・老人福祉施設等の集団給食施設は、食中毒発生時の影響が大きく、特に重要な届出・調査対象です。令和3年のHACCP義務化(食品衛生法改正)により、これらの施設では衛生管理計画の作成・実施記録の保存が義務化され、発生時の原因追跡が容易になっています。
- ウ: 「常温放置時間」は細菌性食中毒の判定に特に重要です。サルモネラは20〜37℃で急速に増殖し、100gの食品中に10万個以上の菌数になると食中毒を引き起こす可能性があります。冷蔵保存(4℃以下)では菌の増殖が著しく抑制されるため、調理後の適切な温度管理(10℃以下または65℃以上)が予防の基本です。
- エ: 黄色ブドウ球菌のエンテロトキシンの耐熱性は食品衛生上の重大な問題です。食品の加熱で菌自体は死滅しても、すでに産生された毒素は100℃・30分でも分解されません。これが「一度火を通したから安全」という誤解を招く危険な状況です。おにぎり・弁当・サンドイッチ等の「手で触れて加熱なしに食べる食品」での食中毒が多い理由は、調理者の手指の黄色ブドウ球菌汚染→食品中での増殖・毒素産生という過程で生じます。
- オ: 集団食中毒の検体採取の優先度: ①残存食品(原因食品の直接証拠として最重要)②発症者の便(原因菌の同定)③調理従事者の便・手指(汚染源の特定)④調理器具・環境のスワブ(交差汚染の確認)という順で採取・検査を進めます。発症者全数から検体を採取しなくても、統計的に有意な数のサンプル(通常は5〜10人程度)から原因菌を特定できます。
【根拠】食品衛生法第58条(食中毒の報告・届出)・医学的事実(食品衛生学・疫学調査)。集団食中毒調査の手順は厚生労働省「食中毒調査マニュアル」に準拠。
【補足】食中毒集団発生調査: 非発症者(対照群)の調査が原因食品特定に必須。医師・営業者ともに届出義務あり。黄色ブドウ球菌毒素は耐熱性(加熱後も残存・証拠品保存必要)。全数検査は義務なし(代表サンプルで可)。潜伏期間・常温放置時間・産地情報が有用な絞り込み情報。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 食品衛生法第63条(食中毒の届出。令和3年6月施行の改正前は第58条)・医学的事実(食品衛生学・疫学調査の方法)。集団食中毒調査の標準的手順。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。