衛生管理者 労働生理 問46:呼吸
肺機能および慢性閉塞性肺疾患(COPD)に関する次の記述のうち、**誤っているもの**はどれか。
- ア慢性閉塞性肺疾患(COPD)は長期の喫煙(ほとんどの場合)によって引き起こされる慢性の気道閉塞性疾患であり、肺気腫・慢性気管支炎が主な病理学的状態を構成する。
- イスパイロメトリー(肺活量測定)で得られる「1秒量(FEV₁)÷努力性肺活量(FVC)」(1秒率:FEV₁/FVC)が70%未満の場合、閉塞性換気障害(COPDを含む)が疑われる。
- ウCOPDでは気道閉塞のために吸気が困難になり(吸気障害が主体)、空気が肺に入り込めないため肺が過膨張することはない。正答
- エ職場での粉じん・有機溶剤・有害ガスへの長期曝露もCOPDのリスク因子となり得る(職業性COPD)。
- オ在宅酸素療法(HOT)はCOPDの進行した段階(重症・最重症)の患者に適用され、低酸素血症(安静時PaO₂≦55mmHg等)を改善し、生命予後を改善することが示されている。
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誤りはウです。「COPDでは吸気困難が主体で肺が過膨張しない」という部分が誤りです。COPDでは実際には呼気(息を吐くこと)が困難になります。肺気腫では肺胞の弾力性(元に縮まる力)が失われるため、空気が吐き出せなくなって肺に空気が「閉じ込められ」(air trapping・エアートラッピング)、肺が過膨張して樽状胸郭(barrel chest)という特徴的な体形になります。「息が吐けない」のがCOPDの主な特徴です。
その他の選択肢は正しい内容です。喫煙が主因・肺気腫+慢性気管支炎(ア・正)。1秒率70%未満=閉塞性換気障害(イ・正)。職業性COPD(エ・正)。在宅酸素療法の適応と予後改善(オ・正)はいずれも正確です。
各選択肢の正誤と根拠:
- ア(正): COPDは喫煙による慢性的な気道炎症が主な原因で、世界的に有病率・死亡率ともに高い疾患です。病理学的には2種類: ①肺気腫(emphysema): 肺胞壁の破壊による気腔の拡大→肺弾性収縮力の喪失。②慢性気管支炎(chronic bronchitis): 慢性的な気道炎症・粘液過分泌→痰・咳が続く(2年以上・1年に3ヶ月以上)。多くの患者はこの両者を合併します。
- イ(正): スパイロメトリーの指標: 努力性肺活量(FVC): 最大吸気後に最大努力で吐き出せる空気量。1秒量(FEV₁): FVCのうち最初の1秒間で吐き出せる量。1秒率(FEV₁/FVC): 正常では70%以上。70%未満→閉塞性換気障害(COPD・気管支喘息等)の診断基準に使用します。
- ウ(誤): COPDでは呼気障害が主体です。肺気腫では肺胞の弾性収縮力(elastic recoil)が失われるため、呼気時に気道が虚脱(dynamic airway collapse)して呼気が困難になります。air trapping(空気の閉じ込め)→残気量(RV)増加・機能的残気量(FRC)増加・全肺気量(TLC)増加→肺の過膨張→胸郭が樽型(barrel chest)・横隔膜の低位平坦化(X線所見)。「吸気困難が主体で過膨張しない」は逆の記述です。
- エ(正): 職業性COPD(occupational COPD)は喫煙以外のCOPDリスクとして重要です。コール塵・シリカ・穀物粉じん・有機粉じん・溶接ヒューム・イソシアネート・カドミウム・バナジウム等への長期曝露。喫煙との相乗効果(相加以上のリスク上昇)が示されています。
- オ(正): 長期在宅酸素療法(LTOT/HOT)の適応: 安静時PaO₂≦55mmHg(重篤な低酸素血症)、またはPaO₂55〜60mmHgでも肺高血圧・多血症・肺性心等がある場合。1日15時間以上の酸素投与で生命予後が改善することが複数のRCTで示されています(NOTT試験・MRC試験)。
【理論的背景】
COPDは「予防可能かつ治療可能な疾患」とGOLD(Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease)が定義しています。喫煙が主因ですが、職業性曝露・大気汚染・遺伝的因子(α₁アンチトリプシン欠乏症等)も関与します。
COPDの病態生理:
1. 喫煙→気道・肺胞の炎症(好中球・マクロファージ・CD8⁺T細胞が主体)
2. プロテアーゼ(好中球エラスターゼ等)とアンチプロテアーゼのバランス崩壊→肺胞壁のエラスチン・コラーゲン破壊→肺気腫形成
3. 気道の慢性炎症・粘液過分泌→慢性気管支炎
4. 肺胞の弾性収縮力喪失→呼気時の末梢気道の虚脱→air trapping→肺の過膨張
COPDの換気機能の変化(スパイロメトリー):
| 指標 | 正常 | COPD(閉塞性) | 肺線維症(拘束性) |
|---|---|---|---|
| FVC | 正常 | 正常or軽度低下 | 低下 |
| FEV₁ | 正常 | 低下 | 低下(同率で) |
| FEV₁/FVC | ≧70% | <70% | 正常or増加 |
| 残気量(RV) | 正常 | 増加(air trap) | 低下 |
| TLC | 正常 | 増加(過膨張) | 低下 |
GOLDの重症度分類(FEV₁%予測値による):
- GOLD 1: FEV₁≧80%(軽症)
- GOLD 2: 50〜79%(中等症)
- GOLD 3: 30〜49%(重症)
- GOLD 4: <30%(最重症)
【実務・条文構造】
COPDと職場の衛生管理:
じん肺法・粉じん則との関連:
- 珪肺(シリカ粉じん)・石炭肺(炭鉱粉じん)はCOPDと並存しやすく、複合的な肺機能障害を生じる
- じん肺管理区分(1〜4)の判定:スパイロメトリーが管理区分の判定に使用される
- 粉じん作業者の特殊健康診断: 肺活量測定が含まれる
職場での禁煙支援(衛生管理者の重要な役割):
- 喫煙率低下→COPD予防・がん予防・心血管疾患予防の一石三鳥
- 職場禁煙支援: ニコチン代替療法(NRT)・バレニクリン(チャンピックス)の情報提供
- 受動喫煙防止(改正健康増進法2020年完全施行): 職場の屋内禁煙が義務化
COPDを持つ労働者の就業管理:
- 重症COPDで労働能力低下: 就業制限・就業転換の可能性
- 定期的なスパイロメトリーによる機能評価
- インフルエンザワクチン・肺炎球菌ワクチンの職場での勧奨(COPD患者は感染症で急性増悪しやすい)
【試験での位置づけ】
COPD・肺機能の問題では「COPDは呼気障害が主体(air trapping・樽状胸郭)」「1秒率(FEV₁/FVC)70%未満=閉塞性換気障害」「拘束性(肺線維症等)はFVCが低下しFEV₁/FVCは正常or上昇」「職業性COPD(粉じん・有害ガス)」「在宅酸素療法は生命予後を改善」が頻出です。ウの誤りは「吸気困難・過膨張しない」という呼気障害と吸気障害の取り違えで、COPDの特徴的な症状(息を吐くのが苦しい・口すぼめ呼吸・樽状胸郭)をイメージすれば即座に誤りと判断できます。
【各選択肢の発展補足】
- ア: α₁アンチトリプシン欠乏症(AATD)はCOPDの遺伝性リスク因子で、喫煙がなくても若年でCOPDを発症します。AATは好中球エラスターゼの阻害因子で、欠乏すると肺胞壁の破壊(肺気腫)が起きます。日本人には稀ですが、白人では頻度が高い(1/3,000〜1/5,000)。
- イ: 喘息でも1秒率<70%になりますが、喘息は「可逆性(気管支拡張薬で改善)」という特徴があります。吸入気管支拡張薬(サルブタモール200μg)投与後にFEV₁が200mL以上かつ12%以上改善→可逆性あり→喘息が強く疑われる(COPDでは可逆性が乏しい)。
- エ: 職業性COPD・職業性喘息の主要な曝露物質の比較: COPDは「粉じん・ガス・有害煙(長期少量曝露)」が主。職業性喘息は「特定アレルゲン(イソシアネート・ラテックス・小麦粉・木材粉じん等)への感作」が主。前者は不可逆的、後者は早期に曝露を断てば改善の余地があります。
- オ: 「酸素投与量が多すぎると悪化する」は重要な知識です。COPDの重症患者は慢性的な高CO₂血症(hypercapnia)があり、呼吸刺激が「CO₂上昇ではなく低O₂」に依存している場合があります(hypoxic drive)。高流量酸素投与→PaO₂急上昇→hypoxic driveが失われる→呼吸が抑制される→CO₂貯留さらに増加(CO₂ナルコーシス)。在宅酸素療法では目標SpO₂88〜92%(健康人の95〜99%より低め)に設定します。
【根拠】医学的事実(確立した呼吸器医学)。COPDが呼気障害主体(air trapping・肺の過膨張)であること・1秒率70%未満=閉塞性換気障害・職業性COPD・在宅酸素療法の適応と予後改善は確立した知識。
【補足】COPDは呼気障害が主体(吸気障害ではない)。空気が出られず肺が過膨張(樽状胸郭)する。1秒率(FEV₁/FVC)70%未満=閉塞性換気障害。職業性粉じん・ガス曝露もCOPDのリスク。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 医学的事実(確立した呼吸器医学)。COPDでは呼気障害(air trapping)が主体で肺が過膨張(樽状胸郭)する。「吸気困難・肺が入らない」は誤りで、実際は「呼気困難・空気が出られなくなる」が特徴。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。