行政書士 行政法 問104:損失補償と公共の福祉・社会的拘束・財産権の内在的制約
憲法29条に定める財産権の保障と損失補償に関する次の記述のうち、**誤っているもの**はどれか。
- ア財産権の内容は、公共の福祉に適合するように法律で定めることができ(憲法29条2項)、これに基づく財産権の制限(社会的拘束)が合理的な限度にとどまる場合、補償なしで財産権を制限できる。
- イ森林法の旧規定(共有林の分割制限)については、最高裁大法廷が財産権(森林共有権)を制限する立法目的との間に合理的関連性を欠くとして、憲法29条2項に違反し違憲・無効と判断した。
- ウ憲法29条3項の「正当な補償」は、財産権の収用に対してのみ要求されるため、財産権を全面的に制限するだけで権利そのものを剥奪しない場合には、いかなる程度の制限であっても補償は不要である。正答
- エ最高裁は、農地改革における農地の買収価格について、「正当な補償」の意義として相当補償説(相当な補償で足りる)をとったが、現在の土地収用の実務では完全補償(時価相当額)が原則とされている。
- オ補償規定を欠く法律による財産権制限についても、憲法29条3項を直接の根拠として補償を請求できるとする判例があり、「補償規定がないから一切の補償請求は不可能」という解釈は判例の立場と異なる。
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ウが誤りです。憲法29条3項は「収用」という最も強度の財産権侵害だけでなく、財産権に「特別の犠牲」を強いる場合全般について「正当な補償」を要求するものと解されています。財産権を全面的に制限する(権利そのものは奪わないが、実質的に使用不能にする程度の制限)場合でも、「特別の犠牲」に当たる程度の重大な制限であれば補償が必要です。「権利を剥奪しない(所有権の移転がない)から一切補償不要」という解釈は誤りです。アは社会的拘束の説明として正しく、イは森林法共有林事件(違憲判決)の正確な説明、エは農地改革補償事件の相当補償説と現在の完全補償の実務的区分の正確な説明、オは河川附近地制限令事件の判例を正確に反映しています。
憲法29条の構造を整理します。29条1項: 財産権の保障(財産権は侵してはならない)。29条2項: 財産権の内容は公共の福祉に適合するよう法律で定める(社会的拘束を認める根拠・アの根拠)。29条3項: 財産権を公共のために用いる場合の正当な補償義務。ウの誤りは「収用(権利の剥奪)に対してのみ補償が必要」という過度に狭い解釈です。29条3項の「公共のために用いること」は収用だけでなく使用(一時使用)や制限(重大な制限)を含む「特別の犠牲」全般を射程とします。土地の全面使用禁止・建築全面禁止等の重大な制限は、権利の形式的な剥奪を伴わなくても「特別の犠牲」として補償が問題になりえます。イの森林法共有林事件(最大判昭62.4.22): 旧森林法186条(共有者の単独分割請求禁止)が財産権の制限として立法目的との合理的関連性を欠くとして違憲・無効(補償の問題以前の違憲性)と判断されました。エ: 農地改革補償事件(最大判昭28.12.23)は相当補償説をとりましたが、これは特殊な農地改革の文脈での判断であり、通常の土地収用では完全補償(時価相当額)が実務上の原則です(エ正しい)。オ: 河川附近地制限令事件(最判昭43.11.27)は補償規定を欠く財産権制限法に対して29条3項の直接適用の余地を認めました(オ正しい)。
【理論的背景】
「収用的侵害(収用類似侵害)」の概念は、権利の形式的な剥奪(収用・所有権移転)を伴わないが、財産権の使用・収益に実質的に全面的な障害を生じさせる行為に対しても、29条3項的な補償の発想で対応すべきとする理論です。この理論はドイツ法に起源を持ち、日本でも学説・実務で参照されています。ウが誤りとなる核心は、財産権制限の形式(収用か規制か)ではなく、実質的な侵害の程度(「特別の犠牲」に当たるか否か)が補償の要否を決定するという原則にあります。形式的に「権利を剥奪しない(所有権の登記は残る)」場合でも、実質的に財産権の使用が不可能となる程度の制限は「特別の犠牲」として補償が問題になりえます。
【実務・条文構造】
補償の要否判断における「特別の犠牲」の具体的な適用例を整理します。①道路整備等のための土地収用(土地収用法):典型的な特別の犠牲、補償必要(完全補償原則)。②建築基準法の用途地域制限:社会的拘束の範囲内、補償不要。③都市計画施設予定地の長期建築制限(10〜20年にわたる建築不能):特定地権者への特別の犠牲の可能性あり、補償が問題となりうる。④土地の全面的・長期にわたる利用禁止(形式上の収用なし):実質的に特別の犠牲に当たりうる(ウが誤りとなる実例)。補償規定を欠く財産権制限と29条3項の直接適用(オ):河川附近地制限令事件(最判昭43.11.27)が「直接憲法29条3項を根拠として補償請求できる」という判断の余地を示しました。ただしこの判旨の解釈については学説上争いがあり、「補償規定がなければ補償なし(法律の欠缺)」とする見解も根強いです。
【試験での位置づけ】
「ウ型の誤り(収用に限定する解釈)」「森林法共有林事件=違憲」「農地改革=相当補償・通常収用=完全補償」「補償規定欠如でも29条3項の直接適用の余地(河川附近地)」の4点が行政書士試験での頻出論点です。ウのような「収用のみが補償対象」という選択肢は、財産権制限全般に補償の問題が生じうるという正しい理解に反する典型的な誤りです。
【各選択肢の発展補足】
- ア(正): 29条2項に基づく社会的拘束(合理的な限度での財産権制限・補償不要)の正確な説明。建築基準法・都市計画法等の用途規制が典型例。
- イ(正): 森林法共有林事件(最大判昭62.4.22)が違憲判決を下したことを正確に記述。「合理的関連性を欠く」という判示内容も正確です。
- ウ(誤・正答): 「収用に対してのみ補償が必要」「権利を剥奪しない制限は一切補償不要」という二重の誤りを含みます。29条3項の「公共のために用いること」は収用に限らず、「特別の犠牲」に当たる制限全般を含みます。
- エ(正): 農地改革補償事件(相当補償説・最大判昭28.12.23)の文脈と現在の完全補償実務の対比を正確に説明しています。
- オ(正): 河川附近地制限令事件(最判昭43.11.27)の判旨(29条3項の直接適用の余地)を正確に反映しています。「補償規定がないから一切不可という解釈は判例の立場と異なる」という表現は正確です。
【根拠条文】
日本国憲法 第29条第1項(財産権保障)、第29条第2項(公共の福祉による制限・社会的拘束)、第29条第3項(正当な補償)
【参照判例】
森林法共有林事件(最大判 昭和62年4月22日)、農地改革補償事件(最大判 昭和28年12月23日)、河川附近地制限令事件(最判 昭和43年11月27日)
【補足】
「収用のみが補償対象(×)→特別の犠牲に当たる財産権制限全般が対象(○)」「権利を剥奪しない制限でも特別の犠牲の程度なら補償が必要(○)」が核心。ウのような「収用限定論」は最も頻出の誤り方向。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(過去問の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 日本国憲法 第29条第1項・第2項・第3項 判例: 森林法共有林事件(最大判昭和62年4月22日)、農地改革補償事件(最大判昭和28年12月23日)、河川附近地制限令事件(最判昭和43年11月27日) 現行法(2026年度基準)に準拠し、根拠条文・判例を明記しています。