行政法84憲法29条3項・損失補償の要件・正当な補償

行政書士 行政法 問84:憲法29条3項・損失補償の要件・正当な補償

憲法第29条第3項に基づく損失補償に関する次の記述のうち、**正しいもの**はどれか。

  • 損失補償が必要となるのは、公権力によって財産権が侵害されたすべての場合であり、財産権制限の程度が軽微であっても、補償なしに財産権を制約する法律は直ちに違憲となる。
  • 憲法29条3項の「正当な補償」は、完全補償説(市場価格による完全な填補が必要)と相当補償説(社会通念上相当な補償で足りる)が対立しており、判例は農地改革における買収価格について相当補償説(相当な補償で足りる)をとった。正答
  • 損失補償は、法律に損失補償規定がある場合のみ請求できる。補償規定を欠く財産権制限法については、憲法29条3項を直接の根拠として損失補償を請求することはできない。
  • 損失補償の対象は財産権に限られるため、身体的自由・精神的自由の侵害(例:予防接種の副作用による身体障害)については、国家賠償法ではなく損失補償制度を適用して救済することは認められない。
  • 損失補償が必要な財産権の「特別の犠牲」は、財産権制限の対象が特定人に集中するという形式的基準のみによって判断され、侵害の程度(財産権の本質的内容への侵害かどうか)という実質的基準は考慮されない。
正答:憲法29条3項の「正当な補償」は、完全補償説(市場価格による完全な填補が必要)と相当補償説(社会通念上相当な補償で足りる)が対立しており、判例は農地改革における買収価格について相当補償説(相当な補償で足りる)をとった。

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イが正しい記述です。「正当な補償」の意義については、①完全補償説(収用される財産の市場価格を完全に填補することが必要)と、②相当補償説(社会通念上相当と認められる補償で足りる)が対立しています。最高裁(最大判昭和28年12月23日・農地改革補償事件)は、農地改革における農地の強制買収価格について、相当補償説をとり、市場価格を下回る補償であっても「相当な補償」として合憲と判断しました。ただし、通常の収用(土地収用法等に基づく)については完全補償が原則とする見解が現在は有力です。アは「すべての財産権制限に補償が必要」としていますが、「特別の犠牲」に当たる場合に限られます。ウは「直接根拠として請求できない」としていますが、判例・通説は憲法29条3項の直接適用を認めています。

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損失補償の4つの論点を整理します。「特別の犠牲」論(アの誤り、オの誤り): 財産権制限が「社会的拘束(財産権の内在的制約)」の範囲内であれば、補償なしに規制しても合憲です(憲法29条2項・公共の福祉による制限)。補償が必要な「特別の犠牲」は、①侵害の対象が一般人か特定人か(形式的基準)、②侵害の程度が財産権の本質的内容に及ぶほど重大か(実質的基準)、という二基準を総合的に勘案する(折衷説)とされています。オは「形式的基準のみで判断し実質的基準は考慮しない」としていますが、折衷説は両基準を総合考慮するため誤りです。「正当な補償」の内容(イ正しい): 農地改革補償事件(最大判昭28.12.23)は相当補償説をとりましたが、現在の通説・土地収用の実務は「完全補償説(時価相当額の補償)」が原則とされています。完全補償か相当補償かは、収用の目的・文脈によって判例が異なる点に注意が必要です。補償規定を欠く法律(ウの誤り): 最高裁(最判昭和43年11月27日・河川附近地制限令事件)は、補償規定を欠く財産権制限規定について、憲法29条3項を直接根拠として補償請求できる可能性を示唆した判例があります。「直接根拠として請求できない」という断定は誤りです。財産権以外への損失補償(エ): 損失補償の対象は財産権侵害が中心ですが、身体的侵害(予防接種副作用等)については損失補償と国家賠償の両概念の交錯領域であり、「一切認められない」という断定は過剰です。

上級誤答論破・条文/判例まで深掘り

【理論的背景】

憲法29条は3項で「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」と定めています。損失補償制度は、適法な公権力行使(土地収用・都市計画制限等)により特定個人が特別の負担を強いられる場合に、公平の見地から損失を填補する制度です。国家賠償(違法・有過失の公権力行使による損害の賠償)とは、「適法行為か違法行為か」「財産権の侵害か不法行為による損害か」という点で異なります。学説上、損失補償と国家賠償の「谷間」(適法で過失なしだが損害を被る場合)の救済が課題とされています。

【実務・条文構造】

「正当な補償」の解釈における完全補償説と相当補償説の対立は、判例の読み方が文脈依存である点に注意が必要です。農地改革補償事件(最大判昭28.12.23)は相当補償説をとりましたが、これは農地改革という特殊な政策的文脈(地主から農地を広く解放する社会改革)での判断です。土地収用法に基づく通常の収用については、判例(最判昭和48年10月18日)が「損失の補償は、特別の犠牲に対し、全体的な公平負担の見地から、完全な補償をすべき」という方向を示しており、完全補償が原則とされます。「補償規定を欠く財産権制限」について憲法29条3項の直接適用の可否は重要論点です。河川附近地制限令事件(最判昭43.11.27)は、「直接憲法29条3項を根拠として補償を請求することができる」と示唆する判断を下し、実務上の重要な先例となっています。

【試験での位置づけ】

行政書士試験では「特別の犠牲の意義(形式的基準+実質的基準の折衷説)」「正当な補償(完全補償説vs相当補償説・農地改革判例は相当補償説)」「補償規定を欠く法律への29条3項直接適用(可能・河川附近地)」が頻出論点です。イのように「判例は相当補償説」という命題は農地改革の文脈に限定されており、「常に相当補償で足りる」という過度な一般化が誤りを生む点に注意してください。

【各選択肢の発展補足】

  • ア(誤): 財産権制限のすべてに補償が必要なわけではありません。「特別の犠牲」に当たる場合にのみ補償が必要。軽微な制限(建築制限・土地利用規制等)は「社会的拘束」として補償なしで合憲です(憲法29条2項)。
  • イ(正): 農地改革補償事件(最大判昭28.12.23)が相当補償説をとったことを正確に説明しています。ただし現在の通常収用では完全補償が原則とされており、判例の文脈を注意して読む必要があります。
  • ウ(誤): 河川附近地制限令事件(最判昭43.11.27)が憲法29条3項の直接適用の余地を認めています。「直接請求できない」という断定は誤りです。
  • エ(誤): 身体的侵害への損失補償については、損失補償と国家賠償の谷間問題(予防接種副作用等)として議論があり、「一切認められない」という断定は過剰。実際、予防接種禍に対する立法的解決(予防接種法の給付制度)が行われた例もあります。
  • オ(誤): 「特別の犠牲」は形式的基準(特定人への集中)のみで判断されるのではありません。通説(折衷説)は、形式的基準と実質的基準(財産権の本質的内容への侵害の程度)を総合的に勘案して判断します。「実質的基準は考慮されない」とする点が誤りです。

【根拠条文】

日本国憲法 第29条第3項(財産権の補償)

【参照判例】

農地改革補償事件(最大判 昭和28年12月23日・相当補償説を採用)、河川附近地制限令事件(最判 昭和43年11月27日・憲法29条3項の直接適用の余地)

【補足】

「正当な補償=農地改革は相当補償説・通常収用は完全補償説が有力」という文脈依存の理解が重要。「特別の犠牲=形式基準+実質基準の折衷説」と「補償規定欠如でも29条3項を直接根拠に請求可(河川附近地)」の3点を正確に覚える。

出典・根拠について

本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(過去問の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 日本国憲法 第29条第3項 判例: 農地改革補償事件(最大判昭和28年12月23日) 現行法(2026年度基準)に準拠し、根拠条文・判例を明記しています。

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