衛生管理者 労働衛生(有害業務以外) 問68:救急処置
一次救命処置(BLS: Basic Life Support)の胸骨圧迫(心臓マッサージ)に関する次の記述のうち、**誤っているもの**はどれか。
- ア胸骨圧迫を行う際、傷病者の胸骨の下半分(胸の中央)に手を当て、肘を伸ばした状態で体重を乗せて垂直に圧迫する。
- イ胸骨圧迫の深さは少なくとも5cm(成人の場合)だが、6cmを超えないよう注意することが推奨されている。
- ウ胸骨圧迫のリズムは1分間あたり100〜120回を目安とし、これより遅い(60〜80回/分)ほど心拍出量が多くなり、血液循環の維持効率が高まる。正答
- エ胸骨圧迫後は胸壁が元の位置まで完全に戻る(リコイル)ように圧力を解放することが重要であり、完全なリコイルによって心臓への静脈血の流入が促進される。
- オ一般市民が行うCPRでは、人工呼吸の技術や意欲がない場合、胸骨圧迫のみの「ハンズオンリーCPR(胸骨圧迫のみのCPR)」でも行わないよりは有効であるとされている。
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誤りはウです。「60〜80回/分のように遅いほど心拍出量が多くなる」という部分が誤りです。正しくは、胸骨圧迫は1分間に100〜120回のリズムで行うことが推奨されています。これより遅いペースでは1分間に圧迫できる回数が減り、脳・心臓への血液供給が不十分になります。また120回/分を超えて速すぎる場合も、1回ごとの圧迫と解放が不十分になり効果が低下します。
ア(胸骨圧迫の位置)・イ(深さ5〜6cm)・エ(完全リコイルの重要性)・オ(ハンズオンリーCPRの有効性)はすべて正しい内容です。
各選択肢の正誤と根拠:
- ア(正): 胸骨圧迫の位置は「胸骨の下半分・胸の中央(左右の乳頭を結ぶ線の中央)」が標準的な手の位置です。心臓(特に左心室)はこの位置の直下にあり、胸骨を圧迫することで心室から血液を送り出す効果が得られます。
- イ(正): 成人の胸骨圧迫の深さは「少なくとも5cm(≥5cm)かつ6cmを超えない(≤6cm)」が推奨値です(JRC蘇生ガイドライン2020)。5cm未満では圧迫が浅すぎて血液循環への効果が低下し、6cmを超えると肋骨骨折・内臓損傷のリスクが増加します。
- ウ(誤): 胸骨圧迫の推奨リズムは「100〜120回/分」です。「60〜80回/分という遅いペースが有効」は誤りです。実際には100〜120回/分という比較的速いペースが、単位時間あたりの圧迫回数を確保して脳・心臓への血流を維持するために必要です。遅すぎると1分間の圧迫回数が不足して心拍出量が低下します。
- エ(正): 完全リコイル(胸骨圧迫後に胸壁が元の高さまで戻ること)は、心臓への静脈血の流入(心臓充満)に不可欠です。不完全リコイル(手を胸に乗せたまま完全に力を抜かない)は心臓への血液流入を妨げ、次の圧迫で送り出せる血液量が減少します。
- オ(正): 一般市民がCPRを行う際、人工呼吸に抵抗・技術的困難がある場合には「胸骨圧迫のみのCPR(ハンズオンリーCPR)」でも行わないより明らかに有効です。特に心臓突然死(原発性心停止)では、肺内の酸素が数分間は残存しており、胸骨圧迫だけでも循環を維持する効果があります。
【理論的背景】
一次救命処置(BLS)は心停止・呼吸停止に対して専門医療機器なしに行う緊急処置であり、「現場に居合わせた人(バイスタンダー)」が適切に実施できるよう設計されています。心停止後の脳への不可逆的損傷は4〜6分以内に始まるため、救急車到着(平均8〜10分)を待たずにCPRを開始することが生存率に直結します。
胸骨圧迫の生理学的機序:
胸骨圧迫による血液循環の推進には2つの機序があります。
1. 心臓ポンプ機序: 胸骨圧迫で心臓が直接圧迫されて左心室から血液が送り出される
2. 胸腔ポンプ機序: 胸腔内圧の上昇・低下によって大動脈・静脈に圧力差が生じ血液が循環する
現代の蘇生ガイドライン(JRC2020・AHA2020)では、高品質な胸骨圧迫(deep/fast/full)として以下を強調しています。
- Deep(深さ5〜6cm): 浅すぎると循環効果が低下
- Fast(速さ100〜120回/分): 遅すぎると単位時間の圧迫回数が不足
- Full recoil(完全リコイル): 不完全リコイルは心拍出量を低下させる
- Minimize interruption(中断を最小化): 胸骨圧迫の中断は循環を即座に低下させる
【実務・条文構造】
BLSの成人に対する標準的な手順(JRC蘇生ガイドライン2020に基づく):
| ステップ | 手順・判断 |
|---|---|
| 安全確認 | 現場の安全を確認してから近づく |
| 反応確認 | 肩を叩き「大丈夫ですか!」と声かけ |
| 通報・AED要請 | 119番通報・近くの人にAED取得を依頼(同時進行) |
| 呼吸確認 | 胸と腹の動きを10秒以内で確認(普段通りの呼吸があるか) |
| 胸骨圧迫開始 | 呼吸なし・死戦期呼吸の場合は即座に開始 |
| 圧迫の質 | 深さ5〜6cm・速さ100〜120回/分・完全リコイル・中断最小化 |
| 人工呼吸 | 訓練済みの場合: 胸骨圧迫30回:人工呼吸2回のサイクル |
| AED使用 | AED到着次第即座に装着・電源ON・音声指示に従う |
胸骨圧迫のリズム(100〜120回/分)の実践:
100〜120回/分のペースは「1秒間に1.7〜2.0回」に相当します。実際の訓練ではメトロノーム・BPM100〜120のリズム音楽(「Stayin' Alive」等)を参考にするとリズムをつかみやすいです。圧迫の疲労は2分程度で生じるため、可能であれば2分ごとに圧迫担当者を交代することが推奨されます。
【試験での位置づけ】
BLS・胸骨圧迫の問題では「深さ5〜6cm」「リズム100〜120回/分」「完全リコイルの重要性」「ハンズオンリーCPRの有効性」「圧迫位置(胸骨下半分・胸の中央)」が頻出事項です。ウのような「遅いペースが有効」という誤りは、「ゆっくり丁寧にやった方が効果的」という直感的誤解に基づいており、「速さが重要(100〜120回/分)」という反直感的な正解を問う典型的な設問です。
【各選択肢の発展補足】
- ア: 胸骨圧迫の位置として「乳頭の間の中央」という説明は一般市民向けの目安として広く用いられますが、より正確には「胸骨の下半分」です。肥満や乳房が大きい場合は乳頭位置が実際の胸骨中央とずれる場合があるため、骨格に基づいた位置確認が重要です。
- イ: 「5〜6cm」という圧迫深さの上限(6cmを超えない)は2015年以降のガイドラインで追加された新しい推奨です。それ以前は「少なくとも5cm」のみが強調されていたため、試験問題では「どのガイドライン版に基づくか」を意識することが重要です(2020年現在の推奨は5〜6cm)。
- ウ: 100〜120回/分というリズムは「Stayin' Alive」(BPM103)・「Don't Stop Me Now」(BPM155は速すぎ)・「Another One Bites the Dust」(BPM110)などのポップ曲で知られており、リズム音楽を使ったCPR訓練法が普及しています。ただし音楽に頼りすぎて圧迫深さ・完全リコイルが疎かになる場合があり、複合的な訓練が重要です。
- エ: 完全リコイルを妨げる最も多い原因は「圧迫者が体重を胸に乗せたまま力を抜ききれない」こと(リーニング)です。特に疲労時・複数サイクル後にリーニングが増加します。定期的な訓練で完全リコイルを意識した習慣形成が重要です。
- オ: ハンズオンリーCPR(胸骨圧迫のみ)は2008年以降の蘇生ガイドラインで推奨度が高まりました。「人工呼吸への躊躇がバイスタンダーCPRの妨げ」となっている実態を踏まえ、「人工呼吸なしでもCPRを始めることが最重要」というメッセージが強調されています。
【根拠】JRC蘇生ガイドライン2020(日本蘇生協議会)・AHA心肺蘇生ガイドライン2020。
【補足】胸骨圧迫: 深さ5〜6cm・速さ100〜120回/分(遅いほど良いは誤り)・完全リコイル必須・位置は胸骨下半分(胸の中央)。ハンズオンリーCPRも有効。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: JRC蘇生ガイドライン2020(日本蘇生協議会)・AHA心肺蘇生ガイドライン2020。胸骨圧迫のリズムは100〜120回/分が推奨であり、60〜80回/分のような遅いペースでは効果が低下する。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。