衛生管理者 関係法令(有害業務以外) 問55:労働基準法
使用者の安全配慮義務(労働契約法第5条)に関する次の記述のうち、**正しいもの**はどれか。
- ア安全配慮義務は、労働安全衛生法(安衛法)のみに規定されており、労働契約法には明文の規定が存在しない。
- イ使用者が安全配慮義務を怠ったことにより労働者に損害が生じた場合、労働者は損害賠償を請求できるが、その根拠は常に不法行為(民法第709条)に限られる。
- ウ安全配慮義務の内容は、作業環境・設備の安全確保にとどまらず、過重労働・メンタルヘルス不調の防止、ハラスメント対策等も含む。正答
- エ派遣労働者の場合、安全配慮義務は派遣元事業者のみが負うため、派遣先事業者は派遣労働者に対して安全配慮義務を負わない。
- オ安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、民法上の一般原則(3年または10年)が適用され、労働基準法の賃金請求権の時効(5年・当分3年)とは異なる。
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正しいのはウです。安全配慮義務の内容は、物理的な設備・作業環境の安全確保にとどまらず、過重労働による健康障害の防止・メンタルヘルス対策・職場のハラスメント(パワハラ・セクハラ等)への対処も含むと解釈されています(判例・厚生労働省指針等)。ウの記述は正確です。
各誤りの要点: ア→安全配慮義務は労働契約法第5条に明文化されています(「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働できるよう、必要な配慮をするものとする」)。イ→安全配慮義務違反の損害賠償は「債務不履行(民法第415条)」と「不法行為(民法第709条)」の双方を根拠として請求できます。エ→派遣先事業者も派遣労働者に対して安全配慮義務を負います(判例・労働者派遣法)。オ→「民法上の一般原則(3年または10年)が適用される」という年数が誤りです。債務不履行構成の時効は「知った時から5年・行使できる時から10年」、かつ生命・身体侵害は「行使できる時から20年」に伸長されます(民法第166条・第167条)。「労基法の賃金時効とは異なる」という主旨は正しいものの、年数が不正確なため肢全体は誤りです。
安全配慮義務の法的根拠・内容・射程(労契法第5条・民法・判例):
各選択肢の正誤と根拠:
- ア(誤): 安全配慮義務は労働契約法第5条に明文規定があります(2007年施行)。同条は従前の判例法理(川義事件1984年最高裁等)を成文化したものです。
- イ(誤): 安全配慮義務違反の損害賠償根拠:
- 債務不履行(民法第415条): 安全配慮義務は契約上の義務であるため、その違反は債務不履行として損害賠償請求可能(消滅時効は5年・知ってから)
- 不法行為(民法第709条): 不法行為としても同時に成立する場合が多い(消滅時効は3年・損害・加害者を知ってから)
いずれか一方に限られるのではなく、両方を根拠として主張できます(択一的主張可)。
- ウ(正): 安全配慮義務の現代的な内容(判例・厚生労働省指針): ①物的・設備的安全確保、②作業方法・手順の整備、③過重労働防止・労働時間管理、④メンタルヘルス対策(ストレスチェック・面接指導等)、⑤ハラスメント(パワハラ・セクハラ等)の防止措置。
- エ(誤): 派遣先事業者も派遣労働者への安全配慮義務を負います。派遣先は「実際の指揮命令者」として作業環境・作業方法を管理する立場にあるため、安全衛生法上・契約法上の義務が生じます(労働者派遣法第44条〜第47条の3・判例)。
- オ(誤): 「民法上の一般原則(3年または10年)が適用される」という年数が不正確です。安全配慮義務違反を債務不履行(民法第415条)として構成した場合の消滅時効は「権利を行使できることを知った時から5年、または権利を行使できる時から10年」であり、さらに生命・身体の侵害による損害賠償請求権は「権利を行使できる時から20年」に伸長されます(民法第166条・第167条、2020年改正)。「3年または10年」とするのは誤りです(3年は不法行為の主観的起算点の原則だが、生命・身体侵害では5年に伸長される)。なお「労基法の賃金請求権の時効とは異なる」という主旨自体は正しいものの、提示された年数が誤っているため肢全体としては誤りです。
【理論的背景】
安全配慮義務は、もともと判例法理として確立されました。最高裁1984年(川義事件)は「雇用契約は、労働者の労務提供と使用者の賃金支払いを主たる内容とするが、使用者は信義則上、労働者の安全を確保すべき義務(安全配慮義務)を負う」と判示し、これが2007年施行の労働契約法第5条に明文化されました。
安全配慮義務の法的性質:
- 契約上の義務(信義則から派生)
- 絶対的結果債務ではなく「合理的な注意・措置を尽くす」義務(注意義務・行為義務)
- 履行補助者(管理監督者・産業医等)の行為についても使用者が責任を負う
現代的な安全配慮義務の広がり(判例の展開):
① 過重労働・メンタルヘルス分野(電通事件・2000年最高裁):
「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するにあたり、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」と判示。過重労働によるうつ病・自殺への損害賠償責任が認められました。
② ハラスメント分野:
使用者はハラスメント(パワハラ・セクハラ)が発生しないよう職場環境を整備する義務を負い(労働施策総合推進法・男女雇用機会均等法)、これを怠った場合に安全配慮義務違反として損害賠償責任が認められます。
【実務・条文構造】
安全配慮義務の具体的内容(現行法・判例の総合):
1. 物理的・設備的安全確保:
- 機械・設備の安全装置の設置・維持
- 作業環境(温度・換気・照度)の基準維持
- 保護具の支給・着用管理
2. 作業管理上の安全確保:
- 適切な作業手順の策定・周知
- 有害物質の取り扱い手順の整備
- 作業配置・適性確認
3. 過重労働防止・健康管理:
- 時間外労働の管理・上限規制の遵守(36協定・特別条項の適切な運用)
- 長時間労働者への面接指導の実施(安衛法第66条の8)
- 健康診断の実施・就業上の措置
4. メンタルヘルス対策:
- ストレスチェックの実施・結果に基づく職場改善
- 高ストレス者への面接指導
- 職場復帰支援(メンタルヘルス不調者の復職プロセス管理)
5. ハラスメント防止:
- パワーハラスメント防止措置(労働施策総合推進法第30条の2)
- セクシャルハラスメント防止措置(男女雇用機会均等法第11条)
- 妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント防止措置(育介法第25条)
損害賠償の二つの法的根拠の比較:
| | 債務不履行(民法第415条) | 不法行為(民法第709条) |
|---|---|---|
| 消滅時効 | 権利を行使できることを知った時から5年(または行使可能時から20年) | 損害と加害者を知った時から3年(または行為時から20年・生命・身体の場合は5年) |
| 立証責任 | 使用者が帰責事由なし(免責)を立証 | 労働者が使用者の故意・過失を立証 |
| 過失相殺 | 民法第418条(可能) | 民法第722条第2項(可能) |
→ 実務では両方を択一的に主張することが多い(時効・立証の有利な方を選択)
【試験での位置づけ】
安全配慮義務の頻出ポイント:
- 「労働契約法第5条に明文規定あり」(安衛法だけではない)
- 「損害賠償根拠は債務不履行(民法415条)と不法行為(民法709条)の両方」
- 「義務の内容はメンタルヘルス・ハラスメント防止も含む(設備的安全だけではない)」
- 「派遣先も派遣労働者に対して安全配慮義務を負う」
「安衛法のみに根拠」「不法行為のみが根拠」「派遣先は義務を負わない」という誤りが典型的な出題パターンです。
【各選択肢の発展補足】
- ア: 労働契約法第5条の原文「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」は、安全配慮義務の内容を「必要な配慮」という柔軟な表現で定めており、時代の変化(メンタルヘルス・ハラスメント等の新しい問題)に対応できる設計になっています。
- イ: 債務不履行と不法行為の双方を主張できることは「請求権競合」と呼ばれます。労働者は自己に有利な方(時効が長い・立証が楽等)を選んで主張できます。実務では「債務不履行」の構成を選ぶことで、使用者側に免責の立証責任を転換できるメリットがある場合があります。
- ウ: 電通事件(2000年最高裁)は「使用者は労働者が過重労働により精神障害・自殺に至ることを予見できた場合に安全配慮義務違反の責任を負う」として、過重労働に起因するうつ病・自殺への損害賠償を認めました。この判決以降、長時間労働・メンタルヘルス対策は使用者の法的義務として明確に位置づけられています。
- エ: 派遣先事業者が安全配慮義務を負う根拠は、「派遣先が実際の指揮命令者として労働者の作業内容・場所・方法を管理する立場にある」ことです。派遣元と派遣先の双方が義務を負う場合があり、実際の損害賠償請求では両者が共同被告となるケースもあります。
- オ: 本肢の「3年または10年」は誤りです。2020年民法改正により、生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効は、債務不履行・不法行為いずれの構成でも「主観的起算点(知った時)から5年、客観的起算点(権利行使可能時・不法行為時)から20年」に統一・伸長されました。これにより両構成の時効期間の差異が縮小しています。労基法の賃金請求権の時効(5年・当分3年)とは別の時効が適用される点は正しいものの、年数の数値が誤っているため肢全体としては誤りです。
【根拠法令】労働契約法 第5条(安全配慮義務:使用者の生命・身体等の安全確保義務)、民法 第415条(債務不履行による損害賠償)・第709条(不法行為)・第166条(消滅時効)、最高裁判例(川義事件1984年・電通事件2000年)
【補足】安全配慮義務は労働契約法第5条に明文規定あり(判例法理の成文化)。損害賠償根拠は債務不履行と不法行為の両方。内容は設備的安全だけでなくメンタルヘルス・ハラスメント防止も含む。派遣先も義務を負う。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 労働契約法(労契法)第5条(安全配慮義務)、民法(不法行為・債務不履行に基づく損害賠償)、最高裁判例(川義事件1984年・電通事件2000年等)。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。