衛生管理者 労働生理 問17:消化吸収
消化器官の役割に関する次の記述のうち、**誤っているもの**はどれか。
- ア胃では、壁細胞から分泌された塩酸(胃酸)がタンパク質を変性させ、ペプシン(主細胞から分泌されたペプシノーゲンが胃酸で活性化)がタンパク質の初期消化を行う。
- イ膵臓は外分泌機能として、アミラーゼ(糖質)・リパーゼ(脂質)・トリプシン・キモトリプシン(タンパク質)などの消化酵素を十二指腸に分泌する。
- ウ胆汁は脂質の消化酵素を含み、脂質を化学的に分解する働きがある。正答
- エ小腸(特に十二指腸・空腸)は三大栄養素の最終的な消化と吸収が行われる主要な臓器であり、絨毛と微絨毛によって吸収面積が大きく拡大されている。
- オ大腸では主に水分・電解質の吸収が行われ、消化・吸収されなかった食物残渣を糞便として形成・排出する。
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誤りはウです。胆汁には脂質を分解する「消化酵素」は含まれていません。胆汁の役割は脂質を「乳化」すること(物理的に細かく分散させること)です。乳化によって脂質と膵臓のリパーゼが接触しやすくなり、リパーゼが脂質を消化します。つまり胆汁は「酵素として直接分解する」のではなく、「消化酵素が働きやすい環境を作る」補助的な役割を担います。胆汁の主成分は胆汁酸塩・ビリルビン・コレステロールなどです。
その他の選択肢はすべて正確です。胃での塩酸とペプシンによるタンパク質消化(ア)、膵臓の外分泌(消化酵素産生)(イ)、小腸での主要な消化吸収(エ)、大腸での水分吸収と糞便形成(オ)はいずれも正確です。
各選択肢の正誤と根拠:
- ア(正): 胃の消化機能は正確な記述です。壁細胞(傍細胞)→HCl(胃酸)分泌→胃内pHを1〜2に低下→タンパク質変性・細菌死滅。主細胞→ペプシノーゲン(不活性前駆体)分泌→胃酸で活性化→ペプシン(活性型酵素)→タンパク質のペプチド結合を加水分解(初期消化)。
- イ(正): 膵臓の外分泌機能の正確な記述です。膵液中の酵素:
- アミラーゼ: でんぷんをマルトース(二糖)に分解
- リパーゼ: 脂質(トリグリセリド)をモノグリセリドと脂肪酸に分解
- トリプシン・キモトリプシン: タンパク質をペプチドに分解(膵臓内では不活性形のトリプシノーゲン・キモトリプシノーゲンとして存在し、十二指腸で活性化)
- さらに炭酸水素イオン(重炭酸塩)で胃酸を中和し、腸管内のpHを適正化する
- ウ(誤): 胆汁には消化酵素が含まれていません。胆汁の役割は、胆汁酸塩による脂質の「乳化(emulsification)」です。乳化とは大きな脂肪滴を小さな微細液滴に物理的に分散させること(表面積を増やす)であり、化学的な分解(消化)ではありません。乳化された脂質に膵リパーゼが作用することで、脂質の消化が効率よく進みます。
- エ(正): 小腸の吸収面積: 絨毛(長さ1mm程度の指状突起)× 微絨毛(刷子縁・各絨毛表面の細かい突起)で吸収面積は約200〜250m²(テニスコート1面分)に達します。三大栄養素の最終消化(小腸上皮細胞の膜消化酵素)と吸収が主に十二指腸・空腸で行われます。
- オ(正): 大腸(結腸・直腸)では残留食物からの水分・Na⁺・K⁺等の電解質吸収が主要機能です。腸内細菌叢(マイクロバイオーム)が発酵・分解し、短鎖脂肪酸産生・ビタミンK・Bの産生も行われます。糞便の約75%は水分、25%は固形分(細菌・食物残渣・死んだ腸管細胞等)です。
【理論的背景】
消化(digestion)は三大栄養素(糖質・タンパク質・脂質)を吸収可能な小分子に分解するプロセスです。消化には「管内消化(管腔内消化)」と「膜消化(腸壁消化)」の2段階があります。胆汁はその補助役として消化酵素なしに脂質消化を助けるユニークな存在です。
胆汁の詳細な組成と役割:
- 胆汁酸塩(bile salts): コレステロールから合成された両親媒性分子(親水性と疎水性の両方を持つ)→脂質の乳化(ミセル形成)
- ビリルビン: 赤血球ヘモグロビン分解産物→胆汁を通じて腸管へ排泄→腸内細菌で変換→糞便の黄色色素(ステルコビリン)・尿中ウロビリノーゲン
- コレステロール: 胆汁への排泄経路(コレステロールの主要排泄ルート)
- リン脂質: 胆汁酸塩の乳化作用を補助
胆汁酸塩によるミセル形成:
- ミセル(混合ミセル)= 胆汁酸塩 + モノグリセリド + 脂肪酸 + 脂溶性ビタミン(A・D・E・K)が会合した水溶性の小粒子
- ミセルが小腸上皮細胞に接近→モノグリセリド・脂肪酸が受動拡散で上皮細胞内に取り込まれる
- 脂溶性ビタミンの吸収もミセル形成に依存→胆汁分泌障害(胆道閉塞等)では脂溶性ビタミン欠乏
【実務・条文構造】
各消化酵素の産生部位・作用基質・最終産物の整理:
| 酵素 | 産生部位 | 作用基質 | 最終産物 |
|---|---|---|---|
| 唾液アミラーゼ(プチアリン) | 唾液腺 | でんぷん | マルトース・デキストリン |
| ペプシン | 胃(主細胞) | タンパク質 | ポリペプチド |
| 膵アミラーゼ | 膵臓 | でんぷん | マルトース |
| 膵リパーゼ | 膵臓 | トリグリセリド | モノグリセリド+脂肪酸 |
| トリプシン・キモトリプシン | 膵臓 | タンパク質・ポリペプチド | ペプチド・アミノ酸 |
| マルターゼ・スクラーゼ・ラクターゼ | 小腸上皮(膜消化) | マルトース・スクロース・ラクトース | グルコース・フルクトース・ガラクトース |
| ペプチダーゼ | 小腸上皮(膜消化) | ジ・トリペプチド | アミノ酸 |
乳糖不耐症(ラクトース不耐症)の概念:
- 小腸のラクターゼが不足→乳糖が消化されず大腸に到達→腸内細菌による発酵→腸内ガス産生(腹部膨満感・放屁)・浸透圧性下痢
- 成人の多くはラクターゼ活性が低下(乳糖不耐症)→酪農産業で問題となる職業性関連あり
- アジア人に多い(遺伝的素因)
腸肝循環の概念(胆汁酸の再利用):
- 胆汁酸は小腸末端(回腸)で能動的に再吸収→門脈→肝臓→再び胆汁として分泌(95%以上がリサイクル)
- この循環を「腸肝循環」と呼び、胆汁酸の節約に機能する
- コレスチラミン(胆汁酸吸着薬)で腸肝循環を遮断→コレステロールから胆汁酸を強制的に合成→血中コレステロールが低下(高コレステロール血症の治療薬)
【試験での位置づけ】
消化器官の役割問題では「胆汁は乳化作用・消化酵素を含まない」「膵臓が主要な消化酵素を産生(アミラーゼ・リパーゼ・トリプシン等)」「胃は塩酸+ペプシンでタンパク質を初期消化」「小腸が消化・吸収の主要臓器」が最頻出です。ウのように「胆汁が脂質を化学的に分解する」という誤り(胆汁には酵素がなく乳化するだけ)は典型的な引っかけです。「乳化≠消化酵素による分解」の区別を確実に押さえましょう。
【各選択肢の発展補足】
- ア: 胃酸(HCl)はなぜ強酸が必要か。①細菌・微生物の殺菌(食品由来の病原菌を破壊)、②ペプシノーゲン→ペプシンの活性化(pH2以下で最適化)、③タンパク質の三次構造の変性(消化酵素が作用しやすい形にする)、④後のビタミンB₁₂吸収のための「内因子」分泌促進。胃酸が不足すると(胃薬で過剰抑制・萎縮性胃炎)ビタミンB₁₂の吸収障害→悪性貧血のリスクが高まります。
- イ: なぜ膵臓の消化酵素は腸内で活性化されるか。膵臓内で活性型であれば自己消化(急性膵炎の機序)が起きます。トリプシンは十二指腸のエンテロキナーゼ(腸液中の酵素)によってトリプシノーゲンから活性化され、活性型トリプシンがキモトリプシノーゲン・その他のプロ酵素を活性化します。急性膵炎は何らかの原因でこの活性化が膵臓内で起きてしまうことによる自己消化・炎症です。
- ウ: 胆道閉塞(胆石・癌等)や肝疾患で胆汁分泌が障害されると、脂質の消化・吸収が不全となり「脂肪便(脂質の多い白っぽい便)」が出ます。同時に脂溶性ビタミン(K・A・D・E)の吸収も障害されます。ビタミンK欠乏→凝固因子の産生低下→出血傾向(プロトロンビン時間延長)が生じます。
- エ: 小腸絨毛の微絨毛(刷子縁)に存在する膜消化酵素(マルターゼ・スクラーゼ・ラクターゼ等)は「消化の最終段階」を担います。ラクターゼは乳幼児期に活性が高く、成人になると多くの人で活性が低下(乳糖不耐症)します。これは人類進化的に「成人が乳を飲まない地域」で選択されなかった特性です。
【根拠】医学的事実(確立した生理学・消化生化学)。胆汁の組成(消化酵素を含まず、胆汁酸塩による乳化が主機能)・各消化酵素の産生部位と基質は消化生理学の基礎概念として確立。
【補足】胆汁は脂質の「乳化」を行う(消化酵素を含まず、化学的に分解しない)。脂質の消化酵素は膵臓のリパーゼ。胃=塩酸+ペプシンでタンパク質初期消化。小腸=三大栄養素の最終消化・吸収の主役。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 医学的事実(確立した生理学)。胆汁は消化酵素を含まず、脂質の乳化(物理的分散)を行う。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。