衛生管理者 労働生理 問62:循環器
心臓のポンプ機能と心拍出量の調節に関する次の記述のうち、**正しいもの**はどれか。
- アスターリングの心臓法則(Frank-Starling法則)によると、心筋の初期伸展(前負荷)が大きいほど心筋収縮力は低下し、1回拍出量が減少する。
- イ静脈還流量(前負荷)が増加すると、心室内圧が上昇して心臓への血液流入が阻害されるため、1回拍出量は変化しない。
- ウ後負荷(大動脈圧・末梢血管抵抗)が増加すると心室の仕事量が増大し、心収縮力が変わらなければ1回拍出量は減少する傾向にある。正答
- エ交感神経の刺激は心収縮力(陽性変力作用)を増大させるが、この効果はスターリング機構に依存するため、前負荷が変化しなければ心拍出量は増加しない。
- オ運動時は交感神経の亢進と静脈還流量の減少が起きるため、心拍出量(心拍数×1回拍出量)は安静時と変わらない。
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正しいのはウです。後負荷(血圧・末梢血管抵抗)が増加すると、心臓は血液を送り出すためにより大きな力が必要になります。心収縮力が変わらなければ、心室の血液を完全に拍出できなくなり1回拍出量が減少します。これが慢性高血圧で心臓が肥大する(心仕事量増大の代償)主な理由です。
アはスターリング法則と反対の記述で誤りです(前負荷増大→収縮力増大→拍出量増加が正しい)。イも誤りで、前負荷増大は拍出量増加に働きます。エは誤りで、交感神経の陽性変力作用はスターリング機構と独立に収縮力を増強します。オは誤りで、運動時は静脈還流量も増加し心拍出量は大幅に増加します。
各選択肢の正誤と根拠:
- ア(誤): Frank-Starling法則(スターリングの心臓法則)の正しい内容: 心筋の初期伸展(心室拡張末期容積=前負荷)が大きいほど、心筋の収縮力(最大張力)が増大し、1回拍出量が増加します。これは骨格筋と同様に「アクチン・ミオシンフィラメントの重なり具合が最適化されるほど収縮力が大きくなる」という原理に基づきます。前負荷増大→収縮力増大(収縮力「低下」は誤り)。
- イ(誤): 静脈還流量が増加すると心室の拡張末期容積(前負荷)が増大し、Frank-Starling法則に従って収縮力が増大し、1回拍出量は増加します(「変化しない」は誤り)。これにより、左右心室の拍出量バランスが保たれます(右心が大量に受け取れば、それだけ大量に左心に送る)。
- ウ(正): 後負荷(afterload)とは心室が血液を拍出する際に抗う抵抗(大動脈圧・末梢血管抵抗)です。後負荷が増加すると心室は同じ収縮力でも血液を十分に送り出せず、心室内に残血量(収縮末期容積)が増加し、1回拍出量が減少します。慢性高血圧→後負荷増大→心臓の圧負荷→左室肥大という病態はこの原理で説明されます。
- エ(誤): 交感神経の陽性変力作用(inotropy)はスターリング機構とは独立したメカニズムです。β1受容体刺激→cAMP上昇→プロテインキナーゼA活性化→L型Ca²⁺チャネルリン酸化→Ca²⁺流入増大→収縮力増大という経路で、前負荷の変化がなくても収縮力を増強します。
- オ(誤): 運動時は①交感神経亢進による心拍数増加・心収縮力増大、②筋ポンプ・呼吸ポンプによる静脈還流量の増加(前負荷増大)、③骨格筋血管拡張による心拍出量の有効利用が組み合わさり、心拍出量は安静時の約4〜5倍(最大20〜25L/分)まで増加します。
#### 1. Frank-Starling法則の分子・細胞レベルの根拠
Frank-Starling法則の基盤は、心筋サルコメア(筋節)のアクチン・ミオシンフィラメントの重なりにあります。心室充満が多いほど(前負荷増大)心筋が引き伸ばされ、サルコメア長が最適値(約2.2μm)に近づきます。この状態でアクチン・ミオシンの架橋形成が最も効率的に起こり、収縮力が最大となります。
分子メカニズムの追加要素:
- Ca²⁺感受性の向上: 心筋が伸展されると、トロポニンCのCa²⁺感受性が増大し、同じCa²⁺濃度でも収縮力が増強します(length-dependent activation: 長さ依存性活性化)
- タイチン(titin): 心筋弾性タンパク質で、サルコメアを最適長に維持する働きをします
- 骨格筋では過伸展によって収縮力が急低下しますが、心筋はより広い伸展範囲で安定した収縮力を維持します(生理的に有利)
心室機能曲線(スターリング曲線):
- 横軸: 心室充満圧(前負荷)、縦軸: 1回拍出量または心拍出量
- 正常心: 前負荷増大→拍出量増加(上向き曲線)
- 心不全心: 曲線が右下方にシフト(同じ前負荷でも拍出量が低下)
- 交感神経刺激: 曲線が上方にシフト(同じ前負荷でより大きな拍出量)
#### 2. 前負荷・後負荷・心収縮力の三角関係と心不全
心拍出量を規定する3要素:
| 要素 | 定義 | 増加時の効果 | 調節手段 |
|------|------|-------------|---------|
| 前負荷(preload) | 収縮前の心室充満容積・拡張末期圧 | 1回拍出量増加(Frank-Starling) | 静脈還流量・輸液 |
| 後負荷(afterload) | 拍出に抗う抵抗(大動脈圧・末梢抵抗) | 1回拍出量減少 | 血管拡張薬・降圧薬 |
| 心収縮力(contractility) | 前後負荷と独立した内因性収縮力 | 1回拍出量増加 | 交感神経・強心薬 |
心不全の代償機序と破綻:
- 初期代償: 心室拡張(前負荷増大)→Frank-Starling機構で拍出量維持
- 過剰前負荷: 心室が過度に拡張→サルコメアが最適長を超えて伸展→収縮力低下(代償破綻)→肺うっ血・浮腫
- 後負荷増大の長期影響: 高血圧→心室壁が肥厚(心肥大)→拡張能障害→拡張型心不全
#### 3. 運動時の循環適応と静脈還流増加のメカニズム
運動時の心拍出量増加の要因:
1. 交感神経亢進: 心拍数増加(chronotropy)・心収縮力増大(inotropy)
2. 静脈還流量増加(前負荷増大):
- 筋ポンプ(muscle pump): 骨格筋収縮が静脈を圧迫し血液を心臓に向かって押し出す
- 呼吸ポンプ: 吸息時の胸腔内圧低下→大静脈の拡張→静脈還流増加
- 静脈収縮(交感神経によるα1受容体刺激): 静脈容量の減少→静脈還流量増加
3. 末梢血管抵抗の選択的変化: 活動筋では血管拡張(局所代謝産物による)、非活動部位では血管収縮→心臓への有効血流量の再分配
#### 4. 衛生管理者試験での頻出論点と職場の応用
試験では「Frank-Starling法則: 前負荷増大→1回拍出量増加」「後負荷増大→1回拍出量減少(心収縮力が一定なら)」「交感神経の陽性変力作用はスターリング機構と独立」「運動時は静脈還流量も増加→心拍出量大幅増加」が問われます。
職場での応用として、重労働・高温環境では心拍出量が大幅に増加し、高血圧者・心疾患者では後負荷増大によって心不全リスクが高まります。特定業務従事者(重作業・暑熱環境)への就業制限・健康診断での心機能評価(心電図・胸部X線での心拡大確認)は衛生管理者の実務的役割です。
【根拠】医学的事実(確立した循環器生理学)。Frank-Starling法則・前負荷/後負荷/心収縮力の定義と相互関係は循環器生理学の基礎として確立。
【補足】Frank-Starling法則=前負荷増大→収縮力増大→1回拍出量増加。後負荷増大→1回拍出量減少(心収縮力一定なら)。交感神経の陽性変力作用はスターリング機構と独立。運動時は静脈還流量も増加し心拍出量は大幅に増加する。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 医学的事実(確立した循環器生理学)。後負荷増加による1回拍出量の変化はFrank-Starling法則および心機能の基礎として確立。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。