衛生管理者 労働衛生(有害業務) 問2:職業性疾病
有機溶剤および鉛による健康障害に関する次の記述のうち、**正しいもの**はどれか。
- ア有機溶剤は一般に揮発性が高く、蒸気の吸入が主な曝露経路であるが、有機溶剤による健康障害の主な症状は中枢神経の興奮であり、多動・興奮・不安等が現れる。
- イ二硫化炭素(CS₂)は有機溶剤の一種であるが、毒性は弱く、神経系や血管系に対する慢性的な健康障害はほとんど生じないため、有機溶剤の中でも規制が最も緩い第3種に区分されている。
- ウ鉛中毒の主な症状として、再生不良性貧血・腹部の激しい疝痛・末梢神経障害(手首下垂・足下垂)・歯肉への鉛縁の出現などが挙げられるが、腎障害は現れない。
- エ一酸化炭素(CO)中毒では、COがヘモグロビンと結合して酸素運搬能力を阻害し、組織の酸素欠乏が生じる。CO中毒の特徴的な所見として、口唇・爪床・皮膚のチアノーゼ(青紫色)が出現する。
- オn-ヘキサン(ノルマルヘキサン)の慢性曝露は末梢神経障害(多発性神経炎)を引き起こすことが知られており、手足の痺れ・筋力低下が主な症状である。正答
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正しいのはオです。n-ヘキサン(ノルマルヘキサン)は慢性曝露で末梢神経障害(多発性神経炎)を引き起こし、手足の痺れ・筋力低下が現れます。これはn-ヘキサンの代謝産物(2,5-ヘキサンジオン)が神経線維を障害するためです。
各誤りの要点: ア→有機溶剤の主な神経症状は興奮ではなく中枢神経の抑制(頭痛・めまい・判断力低下等)。ウ→鉛中毒では腎障害(間質性腎炎)も発症する(「腎障害は現れない」は誤り)。エ→CO中毒ではチアノーゼは出現しにくく、皮膚は赤み(桜紅色)を呈することが特徴(COHbが赤い色を持つため)。イ→二硫化炭素は毒性が強く、末梢神経障害・中枢神経障害・血管障害等の多臓器毒性を持つ第1種有機溶剤であり、「毒性が弱く第3種」は誤り。
主要有害物質の毒性と症状の整理:
各選択肢の正誤と根拠:
- ア(誤): 有機溶剤(benzene・トルエン・有機溶剤全般)の共通の薬理作用は「中枢神経抑制作用」です。急性曝露では「酔った状態(多幸感→無気力→意識障害)」・慢性曝露では「頭痛・記憶力低下・集中力低下」が現れます。「中枢神経の興奮」は有機溶剤の作用ではありません(一部の物質で初期に軽度の興奮様症状が出ることがあるが、主作用は抑制)。
- イ(誤): 二硫化炭素(CS₂)は、末梢神経障害・中枢神経障害(精神症状・脳血管障害)・視覚障害(視神経炎)・心血管系障害等の多臓器毒性を持つ、最も毒性が強い有機溶剤の一つであり、有機則では最も規制の厳しい第1種有機溶剤に区分されます。「毒性は弱く、健康障害はほとんど生じない・第3種」は完全な誤りです。
- ウ(誤): 鉛中毒の症状は多岐にわたります。貧血(溶血性・再生不良性ではなく鉄代謝障害による貧血が主)・腹部疝痛・末梢神経障害(手首下垂=伸筋麻痺・足下垂)・歯肉への鉛縁(Burton's line)等は正しいですが、腎障害(近位尿細管障害・間質性腎炎)も生じます。「腎障害は現れない」は誤りです。
- エ(誤): CO中毒の皮膚所見はチアノーゼ(青紫色)ではなく、桜紅色(sakura-like redness)です。これはCO-Hb(カルボキシヘモグロビン)が酸化Hb(オキシヘモグロビン)と同様に赤色を呈するためです。チアノーゼはO₂不足で組織が青紫になる現象(還元Hbの増加)ですが、CO中毒ではHbがCOと結合しているため還元Hbが増加しにくく、チアノーゼは出現しにくいです。
- オ(正): n-ヘキサンの慢性曝露→代謝産物2,5-ヘキサンジオン→神経軸索の障害(ニューロフィラメント蓄積)→長い神経線維から障害(遠位優位の多発性神経炎)→手足の痺れ・筋力低下という機序。
【理論的背景】
有機溶剤は化学的に多様な物質群(アルコール・ケトン・芳香族炭化水素・脂肪族炭化水素・ハロゲン化炭化水素等)を含みますが、多くが共通して「中枢神経抑制作用」と「脂溶性による膜透過性の高さ」という特性を持ちます。この脂溶性が「皮膚・肺胞から容易に吸収される」「脳・神経組織(脂質リッチ)に蓄積しやすい」という特性につながります。
個別の有機溶剤が持つ特異的毒性:
- 有機溶剤共通: 中枢神経抑制
- ベンゼン: 骨髄毒性(骨髄抑制→白血球減少・血小板減少・再生不良性貧血)・白血病リスク(発がん性)
- 二硫化炭素(CS₂): 末梢神経・中枢神経・視神経・心血管系の多臓器毒性
- n-ヘキサン・メチルn-ブチルケトン(MnBK): 末梢神経障害(共通代謝産物: 2,5-ヘキサンジオン)
- 塩化メチレン(ジクロロメタン): 体内でCO(一酸化炭素)に変換される(CO中毒症状)
- 四塩化炭素: 肝毒性・腎毒性が強い
【実務・条文構造】
鉛中毒の病態と症状(詳細):
鉛の体内動態:
- 吸収: 吸入(鉛ヒューム・粉じん)・経口(汚染手からの誤嚥)
- 蓄積: 骨・歯(リン酸カルシウムと置換)・軟組織(肝臓・腎臓)
- 排泄: 尿中(尿中鉛・コプロポルフィリン・δ-アミノレブリン酸(ALA)が生物学的モニタリング指標)
鉛中毒の症状体系:
- 血液系: ヘム合成阻害→小球性低色素性貧血・好塩基性斑点の赤血球(塩基好性点彩)
- 神経系: 末梢神経障害(伸筋優位=手首下垂・足下垂)・脳症(重症例)
- 消化器系: 腹部疝痛(激しい腹痛・コリック)・便秘・嘔吐
- 腎臓: 近位尿細管障害(Fanconi症候群様)・間質性腎炎(慢性鉛曝露)
- その他: 歯肉の鉛縁(Burton's line)・血圧上昇
CO中毒の詳細:
- 機序: CO+Hb→COHb(親和性はO₂の200〜250倍)。COHbは酸素を組織に放出できない→組織低酸素症
- COHbの色: 赤み(鮮紅色・桜紅色)→皮膚・口唇が「赤く」見える(チアノーゼとは逆)
- 症状: 頭痛(COHb 10%〜)→めまい・嘔吐(20〜30%)→意識障害(40〜50%)→死亡(60%以上)
- 後遺症: CO中毒後遅発性脳症(意識回復後数週間で精神症状・認知機能低下)
n-ヘキサン末梢神経障害の機序:
- n-ヘキサン→体内でω酸化・β酸化→2,5-ヘキサンジオン(神経毒性代謝産物)
- 2,5-ヘキサンジオン→神経フィラメント(NFH等)の架橋反応→軸索の変性・輸送障害
- 長い神経線維(下肢遠位)が最初に障害される(長さ依存性多発性神経炎)
- 生物学的モニタリング: 尿中2,5-ヘキサンジオン
【試験での位置づけ】
職業性疾病問題の頻出は「有機溶剤の主な神経症状が抑制(興奮ではない)」「CO中毒では桜紅色(チアノーゼではない)」「鉛中毒で腎障害が出る(出ないという誤り)」「n-ヘキサン→末梢神経障害(肝毒性・中枢神経抑制ではない)」「二硫化炭素(CS₂)の多臓器毒性(末梢・中枢・視神経)」の5点です。エのCO中毒のチアノーゼ問題は毎回登場する典型的な引っかけです。
【各選択肢の発展補足】
- ア: 有機溶剤の中枢神経抑制作用のメカニズムは「神経細胞膜の脂質二重層への溶け込み→神経細胞膜の流動性増大→イオンチャネル機能の障害→神経伝達の抑制」と理解されています。麻酔薬と同様のメカニズムです(実際にクロロホルム・ハロタン等は全身麻酔薬として使用・または過去に使用された)。
- イ: 二硫化炭素(CS₂)は毒性が極めて強く、有機則では最も規制の厳しい第1種有機溶剤に区分されます。古くは人造繊維(レーヨン)製造に広く使用され、末梢・中枢神経障害、視神経炎、動脈硬化促進等の多臓器毒性で多くの職業病患者を出した歴史があります。現在はより安全な製法への転換が進んでいますが、粘性セメント・農薬製造等で使用される場合があります。
- ウ: 鉛の腎毒性(慢性鉛腎症)は、慢性低レベル曝露でも生じることがあります。近位尿細管障害による糖尿・アミノ酸尿・リン酸尿のFanconi症候群様症状と、慢性進行性の間質性腎炎による腎機能低下が生じます。高血圧(鉛による血管収縮促進)も腎障害の進行に寄与します。
- エ: CO中毒での「桜紅色」は重要な診断的所見ですが、実際の救急医療場面では認識されにくい場合があります(特に一般に「チアノーゼが出る=低酸素状態」という先入観があるため)。COHb測定(パルスオキシメーターでは検出できない・専用のCO-OximetryやCO-Hb測定装置が必要)が確定診断に重要です。
- オ: n-ヘキサン末梢神経障害の臨床経過は、曝露停止後も数か月以内に進行(delayed progression)した後、ゆっくりと回復するという特徴があります(完全回復には1〜2年を要する場合も)。靴接着剤・印刷溶剤としての使用が多く、換気が不十分な小規模事業場での問題が指摘されています。
【根拠】医学的事実(確立した職業医学・毒性学)。n-ヘキサン末梢神経障害の機序・CO中毒の皮膚所見(桜紅色)・鉛中毒の腎障害・有機溶剤の中枢神経抑制作用は職業医学の確立した知識。
【補足】有機溶剤→中枢神経「抑制」(興奮ではない)。CO中毒→皮膚は「桜紅色」(チアノーゼは出ない)。鉛中毒→腎障害も生じる(「腎障害なし」は誤り)。n-ヘキサン→末梢神経障害(代謝産物: 2,5-ヘキサンジオン)。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 医学的事実(確立した職業医学)。n-ヘキサンの末梢神経毒性・有機溶剤の中枢神経抑制作用・鉛中毒の症状・CO中毒の皮膚所見は職業医学の確立した知識。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。