衛生管理者 労働衛生(有害業務) 問8:有害化学物質の分類と性状
有害物質の生体への侵入経路および揮発性に関する次の記述のうち、**正しいもの**はどれか。
- ア有機溶剤の蒸気は主として経口(口から飲み込む)経路で体内に吸収されるため、手洗いや食事前の洗浄が曝露防止の最も重要な対策となる。
- イ経皮吸収とは皮膚表面を通じて有害物質が体内に入ることであり、すべての有機溶剤は皮膚から吸収される量が吸入量に比べて無視できるほど少ないため、皮膚保護具は不要とされている。
- ウ蒸気圧が低い物質ほど常温で揮発しやすく、空気中に高濃度の蒸気を発生させやすいため、蒸気圧の低い溶剤を扱う作業では特に換気が重要となる。
- エニトロベンゼン・アニリン等の芳香族アミン化合物は、経皮吸収により体内でヘモグロビンを酸化しメトヘモグロビン血症を引き起こす可能性があり、皮膚への接触防止が重要である。正答
- オ有機リン系農薬は吸入による肺からの吸収が唯一の曝露経路であり、農薬散布作業では防毒マスクの着用だけで曝露を完全に防ぐことができる。
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正しいのはエです。ニトロベンゼン・アニリンなどの芳香族アミン化合物は、皮膚から吸収されてヘモグロビンを酸化しメトヘモグロビン血症(ヘモグロビンが酸素を運べなくなる状態)を引き起こします。このため皮膚への接触防止(手袋・保護衣の着用)が非常に重要です。
各誤りの要点: ア→有機溶剤の主な侵入経路は吸入(肺胞から血液へ)。イ→「すべての有機溶剤で経皮吸収は無視できる」は誤り(二硫化炭素・ジメチルホルムアミド等は経皮吸収が重要)。ウ→蒸気圧が高いほど揮発しやすい(低いは逆)。オ→有機リン農薬は経皮吸収も主要な曝露経路であり、防毒マスクだけでは不十分。
生体への侵入経路の整理(3経路):
| 侵入経路 | 特徴 | 主に問題となる物質の例 |
|---|---|---|
| 吸入 | 肺胞から血液へ直接吸収・最も主要な経路 | ガス・蒸気・粉じん・ヒューム全般 |
| 経皮吸収 | 皮膚のバリア(角質層)を通過・脂溶性高い物質に重要 | 有機リン農薬・芳香族アミン・一部有機溶剤 |
| 経口 | 汚染した手での食事・誤嚥 | 鉛・農薬(手指の汚染による) |
各選択肢の正誤と根拠:
- ア(誤): 有機溶剤の主な侵入経路は吸入(揮発した蒸気の吸入→肺胞→血液)です。経口摂取は意図的に飲み込まない限り稀です。吸入曝露防止には換気・局所排気装置・防毒マスクが重要。
- イ(誤): 「すべての有機溶剤で経皮吸収は無視できる」は誤りです。二硫化炭素(CS₂)・ジメチルホルムアミド(DMF)・ジメチルスルホキシド(DMSO)等は経皮吸収による曝露が重要な経路となります。皮膚保護(手袋・保護衣)は多くの有機溶剤取扱い作業で必要です。
- ウ(誤): 蒸気圧と揮発性の関係は「蒸気圧が高い→揮発しやすい」が正しく、ウは逆の記述です。アセトン(蒸気圧高)> エタノール(中)> グリセリン(低)の順に揮発しやすさが異なります。
- エ(正): ニトロベンゼン・アニリン等は脂溶性が高く、皮膚から吸収されてメトヘモグロビン血症の原因となります。皮膚への接触防止が曝露管理の重要な柱となります。
- オ(誤): 有機リン系農薬は吸入・経皮の両経路で体内に入ります。農薬散布中の皮膚汚染による経皮吸収が実際の農薬中毒の主要な原因のひとつです。防毒マスクのみでは皮膚曝露を防げず、保護衣・手袋・長靴等の皮膚保護も必須です。
【理論的背景】
有害物質の侵入経路の理解は、職場での曝露管理対策(工学的対策・保護具の選択)を正しく設計するうえで不可欠です。吸入経路のみを意識した対策が行われると、経皮吸収が重要な物質では曝露管理が不十分となり、健康障害が発生するリスクがあります。
経皮吸収に影響する因子:
1. 物質の脂溶性(log P値): 脂溶性が高い物質ほど皮膚の角質層(脂質二重膜)を通過しやすい。ニトロベンゼン(log P 1.85)・アニリン(log P 0.9)・二硫化炭素(log P 1.0)等は経皮吸収が顕著。
2. 皮膚の状態: 皮膚に傷・皮膚炎がある場合はバリア機能が低下し、経皮吸収量が著しく増大する。
3. 温度・湿度: 高温・多汗状態では皮膚の血流が増加し、経皮吸収量が増大する。
4. 接触面積・接触時間: 接触面積が広く・接触時間が長いほど吸収量が増える。
メトヘモグロビン血症の機序:
- ニトロベンゼン・アニリン→体内で代謝→活性代謝物がヘモグロビンのFe²⁺(第一鉄)をFe³⁺(第二鉄)に酸化
- メトヘモグロビン(MetHb)は酸素を運搬できない→組織の酸素不足
- 症状: チアノーゼ(酸素不足で皮膚・口唇が青紫)・頭痛・倦怠感・意識障害(重症時)
- 注意: CO中毒では皮膚が赤くなるが(COHb)、メトヘモグロビン血症ではチアノーゼ(青紫)が顕著。両者の皮膚所見の方向が逆になる点が試験での対比ポイント。
【実務・条文構造】
有機リン系農薬の経皮吸収と農薬中毒:
有機リン農薬(パラチオン・マラチオン・クロルピリホス等)はコリンエステラーゼ阻害剤であり、神経接合部でのアセチルコリン蓄積→コリン作動性クリーゼ(縮瞳・流涎・徐脈・気管支痙攣・筋肉麻痺等)を引き起こします。農薬散布作業での典型的な曝露経路は吸入+経皮の複合であり、適切な保護具として以下が必要です:
- 呼吸器保護: 防毒マスク(有機ガス用吸収缶)または電動ファン付き保護具
- 皮膚保護: 不浸透性素材の保護衣・手袋・長靴・顔面保護具
SDSシート(安全データシート)での経皮吸収リスクの確認:
SDSシートのセクション8(ばく露防止及び保護措置)に経皮吸収の情報が記載されており、「皮膚接触による吸収:あり/なし」の情報をもとに必要な保護具を選定します。
蒸気圧と作業環境管理の実務:
- 蒸気圧が高い物質(アセトン・酢酸エチル等)は同じ液量でも空気中濃度が上昇しやすく、換気・局所排気装置の優先度が高い。
- 季節・環境温度による影響: 夏季は冬季より蒸気圧が上昇するため、同じ換気条件でも空気中濃度が高くなる。作業環境測定の季節ごとの変動に注意が必要。
【試験での位置づけ】
侵入経路・経皮吸収問題の最頻出は「経皮吸収が重要な有害物質(有機リン農薬・ニトロベンゼン・アニリン・芳香族ハロゲン化合物等)」「メトヘモグロビン血症とチアノーゼ(CO中毒の桜紅色と対比)」「蒸気圧と揮発性の正の関係(蒸気圧高=揮発しやすい)」の3点です。オのような「有機リン農薬は吸入のみ・防毒マスクだけで十分」という誤りは経皮吸収の無視という典型的な誤解を反映しています。
【各選択肢の発展補足】
- ア: 有機溶剤の蒸気は気相で存在するため、吸入が主経路となります。ただし皮膚に液体の有機溶剤が直接付着した場合は経皮吸収も加わります(特に二硫化炭素・DMF等)。「経口が主経路」という誤りは侵入経路の基本的な誤解です。
- イ: 物質ごとの経皮吸収リスクの差は非常に大きく、一括りに「有機溶剤は経皮無視」とすることは危険です。SDSシートの皮膚吸収情報の確認が実務での判断基準となります。
- ウ: 蒸気圧の正の関係(高い=揮発しやすい)は、蒸気圧の定義(物質が気化して気相と液相が平衡に達した状態での気体の圧力)から論理的に導けます。蒸気圧が高い=気化した分子が多く存在できる=揮発しやすい。
- エ: アニリン中毒は芳香族アミンを取り扱う染料・医薬品製造工場での職業病として歴史的に重要な疾患です。現在は代替物質・密閉化・保護具の改善で発生件数は減少していますが、SDSの確認・保護具の適切な選択が引き続き重要です。
- オ: 有機リン農薬による農薬中毒(有機リン中毒)では、解毒剤としてアトロピン(抗コリン薬・コリン作動性症状の緩和)とPAM(2-PAM・コリンエステラーゼの再活性化)が使用されます。経皮曝露による中毒では症状発現に遅延がある場合があり、作業後に症状が現れることもあります。
【根拠】医学的事実(確立した職業医学・毒性学)。経皮吸収の重要性・メトヘモグロビン血症の機序・有機リン農薬の複合経路による曝露は職業医学の確立した知識。
【補足】蒸気圧が高い=揮発しやすい(ウは逆)。有機リン農薬は吸入+経皮の両経路(防毒マスクのみでは不十分)。アニリン・ニトロベンゼンは経皮吸収でメトヘモグロビン血症(チアノーゼ=青紫)。
本問は合格ナビが作成したオリジナル問題です(公表問題の転載ではありません)。 根拠・出典:根拠: 医学的事実(確立した職業医学・毒性学)。ニトロベンゼン・アニリンの経皮吸収によるメトヘモグロビン血症・有機リン農薬の経皮吸収は職業医学の確立した知識。 現行の労働安全衛生法令(2026年基準)に準拠し、根拠法令・規則を明記しています。