統治行為論(高度に政治性のある国家行為は、法律上の判断ができても裁判所が審査しないという判例の考え方)を、苫米地事件(昭和35年6月8日・衆議院の解散)と砂川事件(昭和34年12月16日・安保条約)の裁判要旨と判決全文で整理します。条文にない根拠、多数意見に「統治行為」の語がないこと、2つの判例の言い方の違いを表にしました。
目次
結論:統治行為論とは、国の行為のうち高度に政治性のあるものは、法律上の判断ができても裁判所が審査しない、という判例の考え方です。代表は苫米地事件(衆議院の解散)と砂川事件(安保条約)です。砂川事件だけが、「一見極めて明白に違憲無効」と認められる場合を除く、という限定を付けています。
統治行為論とは:条文に書かれていない、判例の考え方
統治行為論は、憲法にも裁判所法にも書かれておらず、最高裁判所の判決が述べている考え方です。苫米地事件の判決文は、この制約を「特定の明文による規定はないけれども、司法権の憲法上の本質に内在する制約」と書いています。
関係する条文の言葉は、次のとおりです(e-Gov 法令検索、2026-10-29 確認)。
| 条文 | 条文の言葉 |
|---|---|
| 憲法76条1項 | 「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」 |
| 憲法81条 | 「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」 |
| 裁判所法3条1項 | 「裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。」 |
| 憲法7条3号 | 天皇の国事行為(内閣の助言と承認による)の一つとして、「衆議院を解散すること。」 |
| 憲法69条 | 「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。」 |
76条・81条・裁判所法3条のどこにも、高度に政治性のある国家行為は審査しない、という例外は書かれていません。
たとえると、試合の審判が反則かどうかは判定しても、監督の作戦の選び方には口を出さない、という線引きのようなものです。どこまでが「作戦」に当たるかを、判例が決めています。
「統治行為論」という名前は、2つの判決の多数意見の言葉ではありません。判決全文(裁判所 裁判例検索の PDF)を読むと、「統治行為」の語は個別の意見にだけ出てきます。
| 判決 | 多数意見の言葉 | 「統治行為」の語が出てくる所 |
|---|---|---|
| 苫米地事件 | 「直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為」 | 裁判官河村大助の意見だけ |
| 砂川事件 | 「高度の政治性を有するもの」 | 裁判官藤田八郎・入江俊郎の補足意見など。多数意見には無い |
出典:裁判所 裁判例検索の判決全文 PDF(昭和30(オ)96・昭和34(あ)710)を2026-10-29に全文検索した結果
苫米地事件(最大判昭和35年6月8日):事案と裁判要旨
苫米地事件の裁判要旨は、「衆議院解散の効力は、訴訟の前提問題としても、裁判所の審査権限の外にある。」です(裁判所 裁判例検索)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事件番号 | 昭和30(オ)96 |
| 事件名 | 衆議院議員資格並びに歳費請求 |
| 裁判年月日・法廷 | 昭和35年6月8日・最高裁判所大法廷 |
| 裁判種別・結果 | 判決・棄却 |
| 判例集 | 民集 第14巻7号1206頁 |
| 原審 | 東京高等裁判所(昭和29年9月22日) |
| 判示事項 | 「衆議院解散の効力に関する裁判所の審査権限。」 |
| 裁判要旨 | 「衆議院解散の効力は、訴訟の前提問題としても、裁判所の審査権限の外にある。」 |
| 参照法条 | 憲法76条,憲法81条,憲法7条,憲法69条,裁判所法3条1項 |
事案は、判決文によると次のとおりです。昭和27年8月28日の衆議院の解散は憲法に違反し無効だ、と当時の衆議院議員が主張しました。解散では議員の身分を失わないとして、任期満了の昭和28年1月分までの歳費、合計28万5千円の支払を求めた訴訟です。
争点は2つでした。69条に当たらないのに7条だけで行った解散は無効か、という点と、7条の内閣の助言と承認が適法だったか、という点です。
「苫米地」「砂川」という呼び名は、裁判所の個別ページには載っていません。この記事では、一般的な通称に合わせて「苫米地事件」「砂川事件」と呼びます。
苫米地事件の多数意見:「高度に政治性のある国家行為」
多数意見は、国の行為でも法律上の争訟になる限り裁判所の審査に服すると述べたうえで、高度に政治性のある国家行為は例外だとしました。判決文(多数意見)の該当する文は、次の4つです。
| 判決文の言葉(多数意見) | 読み取れること |
|---|---|
| 「しかし、わが憲法の三権分立の制度の下においても、司法権の行使についておのずからある限度の制約は免れないのであつて、あらゆる国家行為が無制限に司法審査の対象となるものと即断すべきでない。」 | 司法権には、おのずから限度がある |
| 「直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為のごときはたとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であつても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断に委され、最終的には国民の政治判断に委ねられているものと解すべきである。」 | 争訟になり、法律の判断ができても、審査権の外になる。判断するのは政府・国会等と、最終的には国民 |
| 「この司法権に対する制約は、結局、三権分立の原理に由来し、当該国家行為の高度の政治性、裁判所の司法機関としての性格、裁判に必然的に随伴する手続上の制約等にかんがみ、特定の明文による規定はないけれども、司法権の憲法上の本質に内在する制約と理解すべきものである。」 | 条文にない。三権分立の原理に由来する制約 |
| 「そして、この理は、本件のごとく、当該衆議院の解散が訴訟の前提問題として主張されている場合においても同様であつて、ひとしく裁判所の審査権の外にありといわなければならない。」 | 歳費の請求のように、解散の効力が前提として争われても同じ |
多数意見は、本件解散が7条に依拠して行われたという政府の見解について、「裁判所としては、この政府の見解を否定して、本件解散を憲法上無効なものとすることはできない」と書いて上告を棄却しました。解散を合憲と審査して判断したわけではありません。
意見の分かれ方
判決は、4人の裁判官の意見があるほか、「全裁判官一致の意見」で主文のとおりとしています。4人とも結論(上告棄却)は同じで、理由が違います。
- 小谷勝重・奥野健一:解散は81条の「処分」で違憲審査権の対象だとし、7条と69条を検討しました。「結論において多数意見と同じくするのであるが、理由において意見を異にする」と述べています
- 河村大助:「所謂統治行為なるものを司法審査の対象から除外する旨の明文の存しないことは明らか」だとし、本件は司法審査の対象になるとしたうえで、上告を棄却しています
- 石坂修一:解散すべきかどうかには審査権がないが、内閣の助言と承認を経た有効な解散が行われたかどうかには審査権がある、としています
試験で「判例の立場」を問われたときの基準は、これらの個別意見ではなく、多数意見(裁判要旨)です。
砂川事件(最大判昭和34年12月16日):条約のときの言い方
砂川事件の裁判要旨は、安保条約のような高度の政治性を有するものは、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは」裁判所の司法審査権の範囲外にある、としました(裁判所 裁判例検索)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 事件番号 | 昭和34(あ)710 |
| 事件名 | 日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法違反 |
| 裁判年月日・法廷 | 昭和34年12月16日・最高裁判所大法廷 |
| 裁判種別・結果 | 判決・破棄差戻 |
| 判例集 | 刑集 第13巻13号3225頁 |
| 原審 | 東京地方裁判所(昭和34年3月30日) |
原判決(東京地方裁判所)は、米軍の駐留が9条2項前段に違反することを前提に、刑事特別法2条を31条違反で無効としました。最高裁判所は、これを「裁判所の司法審査権の範囲を逸脱し」たものとして破棄し、差し戻しました。
裁判要旨のうち、司法審査に関するものは次の三つです。
| 要旨 | 裁判要旨の言葉 |
|---|---|
| 八 | 「安保条約の如き、主権国としてのわが国の存立の基礎に重大な関係を持つ高度の政治性を有するものが、違憲であるか否の法的判断は、純司法的機能を使命とする司法裁判所の審査に原則としてなじまない性質のものであり、それが一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外にあると解するを相当とする。」 |
| 九 | 「安保条約(またはこれに基く政府の行為)が違憲であるか否かが、本件のように(行政協定に伴う刑事特別法第二条が違憲であるか)前提問題となつている場合においても、これに対する司法裁判所の審査権は前項と同様である。」 |
| 一〇 | 「安保条約(およびこれに基くアメリカ合衆国軍隊の駐留)は、憲法第九条、第九八条第二項および前文の趣旨に反して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは認められない。」 |
判決文によると、判断はまず、条約を結ぶ内閣と、承認する国会に委ねられます。その先は、「終局的には、主権を有する国民の政治的批判に委ねらるべきもの」と書かれています。
条約と81条の関係は違憲審査権(81条)の記事、9条と戦力の論点(要旨二〜七)は行政書士の憲法判例で扱っています。
苫米地事件と砂川事件の読み分け
2つの判決はどちらも「高度の政治性」を理由に挙げ、前提問題でも同じだとしますが、「一見極めて明白」の限定は砂川事件にだけあります。
| 比べる点 | 苫米地事件(昭和35年6月8日) | 砂川事件(昭和34年12月16日) |
|---|---|---|
| 対象の行為 | 衆議院の解散 | 安保条約(要旨八)。条約にもとづく米軍の駐留(要旨一〇) |
| 判例集 | 民集14巻7号1206頁 | 刑集13巻13号3225頁 |
| 裁判要旨の結論の言い方 | 解散の効力は、「裁判所の審査権限の外にある」 | 「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外にある」 |
| 「一見極めて明白」の語 | 裁判要旨にはない | 要旨八・一〇にある |
| 前提問題の場合 | 「訴訟の前提問題としても」審査権限の外 | 要旨九:前提問題となっている場合も「同様」 |
| 判断を委ねる先(判決文) | 政府・国会等の政治部門、最終的には国民の政治判断 | 内閣・国会の判断、終局的には国民の政治的批判 |
| 結果 | 棄却 | 破棄差戻 |
衆議院の解散の条文(7条3号・54条・69条)の整理は、内閣不信任・総辞職・衆議院解散の記事にあります。
試験での問われ方と、間違えやすいところ
試験では、判決の言葉と少しずれた文を作り、正しいか誤りかを判断させる形が考えられます。ずれやすいのは次の5点です。
| 誤りになる書き方 | 判決の言葉 |
|---|---|
| 統治行為論は、憲法の明文の規定にもとづく | 苫米地事件は「特定の明文による規定はないけれども」と書き、司法権に内在する制約とする |
| 高度の政治性があれば、条約は一切、司法審査の対象にならない | 砂川事件の要旨八は、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限り」審査権の範囲外とする |
| 苫米地事件で、最高裁判所は解散を合憲と判断した | 裁判要旨は、解散の効力が「裁判所の審査権限の外にある」とする。審査したとは書いていない |
| 前提問題として争われるときは、裁判所は審査できる | 苫米地事件は「訴訟の前提問題としても」審査権限の外。砂川事件の要旨九も「同様」 |
| 統治行為は、法律上の争訟にならない行為のことである | 苫米地事件は、「法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であつても」審査権の外にあると書く |
この論点の問題は次の3問です。合格ナビの問題は、過去の出題論点をもとにした問題です。
衆議院の解散と司法権の限界を、憲法の問題で確かめよう
統治行為論は、条文ではなく判例の考え方なので、判例の言葉そのものが答えの手がかりになります。司法権の限界と衆議院の解散の問題で、要旨の言葉を取り違えた選択肢を見抜けるかを確かめましょう。迷った選択肢は、判決全文の該当する文に戻って読み比べると、言葉のずれに気づきやすくなります。
参照した一次ソース
- 裁判所 裁判例検索 苫米地事件の個別ページ(昭和30(オ)96)・判決全文PDF
- 裁判所 裁判例検索 砂川事件の個別ページ(昭和34(あ)710)・判決全文PDF
- e-Gov 法令検索 日本国憲法:7条・69条・76条・81条/裁判所法:3条1項
よくある質問
Q統治行為論は、衆議院の解散と安保条約以外の行為にも当てはまりますか?
この記事で読んだ2つの判決の裁判要旨が述べているのは、衆議院の解散(苫米地事件)と、安保条約のような「高度の政治性を有するもの」(砂川事件)についてです。それ以外の行為にどこまで及ぶかは、この2つの要旨からは読み取れません。砂川事件の判決文でも、裁判官藤田八郎・入江俊郎の補足意見は、統治行為の観念を認めるべき範囲に関しては「諸種の問題はある」と書いています。
法令や試験の数字は、改正や年度で変わります。この記事の最終確認日は2026年10月29日です。申込みや合格基準は、必ず試験団体の公式情報で確かめてください。

