社会福祉士

社会福祉士 第37回 問題20社会福祉の原理と政策

問題

社会福祉士 | 第37回(令和6年度) | 令和7年2月2日(日)実施・社会福祉の原理と政策

大正期の社会事業に関する次の記述のうち,最も適切なものを1 つ選びなさい。

【出典】公益財団法人 社会福祉振興・試験センター「第37回社会福祉士国家試験(令和6年度)」問題20

※問題文は同センター公表のものを改変せずに掲載しています。

※解説・補足は goukaku-navi.jp が独自に作成したもので、公益財団法人 社会福祉振興・試験センターとは一切関係ありません。

※本問は出題当時の法令・制度に基づいています。

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答え合わせ

正解は 4
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5

自信の3択

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解説

※この解説は goukaku-navi.jp が独自に作成したもので、公益財団法人 社会福祉振興・試験センターとは一切関係ありません。

※出題当時の法令・制度に基づく問題です。現在の制度と異なる場合があります。

正解は 4 です。

大正期の社会事業で代表的なのが、1918年に大阪府で創設された方面委員制度です。地域の有力者などを方面委員とし、担当区域の生活に困っている人の状況を調べ、相談に応じて救済につなげる仕組みで、今の民生委員制度のもとになりました。

感化法の制定、中央慈善協会の設立は明治後期、恤救規則の制定、岡山孤児院の設立は明治前期の出来事です。

👉 覚え方:大正=方面委員(大阪府・1918年)。前年の岡山県の済世顧問制度とセットで覚える。

正解は 4 です。

方面委員制度は、1918年(大正7年)に大阪府知事の林市蔵と小河滋次郎によって創設されました。米騒動の年で、地域の困窮者の実態をつかみ救済につなげる仕組みとしてその後全国に広がりました。戦後は民生委員制度に引き継がれています。

  • 1 誤り:感化法は明治後期に制定され、非行少年を感化院で保護・教育する仕組みを定めました。
  • 2 誤り:中央慈善協会は明治後期に設立され、渋沢栄一が初代会長を務めました。現在の全国社会福祉協議会の源流です。
  • 3 誤り:恤救規則は明治前期に制定された、日本で最初の全国的な救貧の規定です。
  • 4 正しい:大阪府の方面委員制度は1918年、大正期の創設です。
  • 5 誤り:石井十次が岡山孤児院を設立したのは明治前期です。

大正期には、1917年の岡山県の済世顧問制度、内務省の社会局の設置など、「慈善事業」から「社会事業」への転換が進みました。

正解は 4 です。

■ 位置づけ

大正期は、第一次世界大戦後の物価高騰や1918年の米騒動などで貧困が社会問題として意識され、個人の慈善や恩恵としての「慈善事業」から、社会の責任で組織的に取り組む「社会事業」へと転換した時期です。

方面委員制度は1918年に大阪府で創設され、知事の林市蔵が、ドイツのエルバーフェルト制度などを参考にした小河滋次郎の案を採用したものです。小学校区程度の「方面」ごとに委員を置き、担当区域の世帯の生活状態を調査し、必要な救済につなげました。その後全国に広がり、戦後の1946年に民生委員令、1948年に民生委員法へと引き継がれています。

■ 誤りの選択肢の掘り下げ

  • 1 感化法(明治後期):非行少年や保護者のいない少年を感化院に入れて保護・教育する制度を定めました。留岡幸助の家庭学校など民間の感化事業が背景にあります。のちに少年教護法、戦後は児童福祉法の教護院(現在の児童自立支援施設)へとつながります。
  • 2 中央慈善協会(明治後期):慈善事業の連絡・調査・研究を行う全国組織として設立され、のちに中央社会事業協会となり、戦後の全国社会福祉協議会につながります。
  • 3 恤救規則(明治前期):救済は本来「人民相互の情誼」によるべきとし、それに頼れない「無告の窮民」に限って米代を支給する、極めて制限的な救貧制度でした。昭和初期の救護法に代わられます。
  • 5 岡山孤児院(明治前期):石井十次が設立し、小舎制による養育などで知られます。

■ 関連して出る論点

  • 済世顧問制度:1917年に岡山県で笠井信一知事が創設した、方面委員制度の先駆けとされる制度です。両者を区別する問題がよく出ます。
  • 救護法:昭和初期の制度で、公的扶助義務主義をとりつつ、怠惰・素行不良の者を除外する制限がありました。
  • 大正期には内務省に社会局が置かれ、社会事業行政が整えられていきました。

■ 似た用語との違い

「慈善事業」は宗教的・個人的な善意による救済、「感化救済事業」は明治後期の国が主導した感化と救済の取組、「社会事業」は大正期以降の社会の責任による組織的な取組、という時代区分で整理すると、年代を問う問題に強くなります。

この問題の根拠
訂正の記録この問題の訂正はありません(サイト全体の記録)
出典と作り方

本問は公益財団法人 社会福祉振興・試験センターが公表した「第37回社会福祉士国家試験(令和6年度)」の問題20です。同センターの「過去問題利用にあたっての留意事項等」(https://www.sssc.or.jp/pastissues/index.html)に従い、問題文は文言を変えずに掲載しています(PDFの折り返しによる改行位置の違いのみ)。 原本は同センターの「過去の試験問題」でご確認ください。

解説・補足は合格ナビ(goukaku-navi.jp)が独自に作成したもので、公益財団法人 社会福祉振興・試験センターとは一切関係ありません。 本問は出題当時の法令・制度に基づいています。社会福祉に関する法令・制度は改正されるため、現在の制度と異なる場合があります。最新の内容は厚生労働省などの公的な情報でご確認ください。

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